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80年代の音楽シーンを辿る旅 (HM/HR視点から)/ そして90年代への変化を象徴するGuns N’ Roses の登場

★70年代については、こちら

★90年代については、こちら

ガンズ・アンド・ローゼスは1987年にデビューするや瞬く間にスターダムにのし上がりました。その主要因、間接的な要因を含め、80年代という時代を振り返ってみようと思います。

レッド・ツェッペリンとジョン・レノン

80年代の始まりは70年代の始まりと同様に、伝説の終結からのスタートでした。

1980年。英国のブルーズを基調としたバンド、レッドツェッペリンが、長いロックの歴史の中でも最高といわれるドラマーの死亡に伴い解散。
そして太平洋戦争の発火点となった真珠湾攻撃と同じ日、1980年12月8日に、この年から活動を再開していたジョン・レノンが暗殺。

この二つの大きな、余りにも大きな喪失から1980年代はスタートしました。

レーガノミクスとサッチャリズム

ただ、世の中は、一転して明るい時代を迎えようとしていました。
英国のサッチャー、米国のレーガン主導によるサッチャリズム、レーガノミクスが奏功し、英国の復活、米国の世界王者化が一段とすすむなど、景気は好転していきます。

(実際は、米国では失業率が高まり、財政赤字が進み、ジャパンバッシングも起きたんですが。この時の投資が、数年後のMicrosoft、10年後のWindows95の誕生、20年後のシリコンバレーの活躍や、Yahoo! 、Google 、Appleの登場につながります。)

米国ではスペースシャトルが飛び立ち、
欧州では欧州原子核研究機構CERNの研究室でインターネットが誕生します。

そして、
・ゴルバチョフの出現とペレストロイカによる冷戦崩壊の幕開けがあり、
・マイクロソフトはWindows Ver.1を発表、
・プラザ合意(金本位制度の廃止)により日本も未曽有の好景気に沸いていきます。

ちなみに、この3つの出来事は全て1985年に発生しています。時代の変革点でしょうか。

こんな時代を背景に、
いわゆる音楽、ファッション、TVドラマ、映画なども夢のある明るい、破天荒、ある意味では能天気なものがメインに躍り出ることになります。70年代とは違うカラフルな時代。特にアメリカがこのムーブメントの中心地となります。

80年代の映画、音楽のムーブメント

この時期の流行をみてみると、

「エイドリアーン!」という叫びが印象的な「ロッキーシリーズ」や、「戦場じゃ仲間がいた、それが国に帰ったどうだ、俺たちを邪魔者扱いしやがる」のランボーシリーズで、これが実は、一般のアメリカンがあこがれるマッチョなアメリカンを体現していたりするわけです。

スピルバーグの夢のある映画がヒットを飛ばし、しまいには時間も超えて「Back to the Future」が登場。人口知能搭載の話す車もいました(ドラマの世界です)

音楽でもマドンナ、シンディ・ローパー、リック・アストリーやシーナ・イーストン、オーストラリアのカイリー・ミノーグといったまさにきらびやかな面々や、モータウンからでてきたマイケル・ジャクソン、プリンスといった、この時期のアメリカを象徴するようなアーチストが多数出現。

「Livin’ in America !」 とジェイムス・ブラウンが唄えば、

「Born in the USA」とブルース・スプリングスティーンが唄う

アメリカ人たちが「We Are the World」と唄えば、

イギリス人たちはライブエイドに集い、皆で「Let it be」を合唱していたわけです。

そして、90年にビバリーヒルズ高校白書がスタート。まさに世界はアメリカを中心として回っていたわけです。

NWOBHMからアメリカンハードへ

さて、ハードロック、メタル界隈の歴史をさかのぼります。

80年代初頭。
イギリスで起こったわずか数年のメタル復興・勃発ムーブメント(New Wave of British Heavy Metal)は、83年にようやくアメリカに飛び火します。

ルーツとしてのロックンロールを英国に持ち込んだジミ・ヘンドリックスを起点としたハードロック、ヘヴィメタルがアメリカに逆輸入されることになります。

ロンドンのアンダーグラウンドシーン(New Wave of British Heavy Metal)が盛り上がっていくとき、同時にLAのアンダーグラウンドシーンも発火点を迎えようとしていました。

それに火をつけたのは、英国から逆輸入されたメタルバンドたち。
それは、アイアンメイデン、デフレパードといったNWOBHMのバンドたちによって、メインストリームに返り咲いた、数年前はOld Waveと言われ、時代遅れとみなされていた面々でした。

そんな彼らの活動を追ってみます。

1980年
オジー・オズボーンはブラックサバスを脱退後、ソロとして活動開始。
ただ彼は当時アルコール中毒であり、麻薬におぼれており、どうしようもない状態だったわけです。ここに、天使のような風貌のとある天才的なセンスを持ったギタリストが加わるわけです。

このギタリストが加わって80年に発表されたアルバム『Blizzard of Ozz』は、ヘヴィメタルとは何たるかを世の中に広くアピールすることになります。

このギタリストが奏でた、あまりにも英国的なもの悲しさにつつまれたフレーズは、Old Waveと呼ばれた英国の魂を呼び起こし、復活の狼煙を上げるきっかけとなります。
この永遠のギタリストの名前は「ランディ・ローズ」

そしてこの年、メタル系アーチストによるロックフェス「モンスターオブロック」が開催されます。

1982年
メタルゴッド、ジューダス・プリーストは、この年、永遠のメタルアンセムとなるインストを含む名作『Screaming for Vengeance』を発表。アメリカにガツンとヘヴィメタルの様式美を見せつけます。

1983年
ランディ・ローズが在籍していたバンド、クワイエットライオットが発表したアルバムが全米ナンバーワンを達成します。ここでこれから10年余り続く、ハードロック、ヘヴィメタル(HM/HR)のムーブメントがスタートするわけです。

1984年
LAからはこのムーブメントを象徴する2組のバンドが出現。それは、モトリークルーとRATT(ラット)。彼らと、はかなく散っていったアンダーグラウンドの面々が奏でた特徴的なギターリフがあり、これを奏でるようなバンドたちはLAメタルと呼ばれます。(この呼び方は日本でしか通用しません)

そしてこの年、「この年そのもの」をアルバムタイトル(『1984』)にしたアメリカンハードロックバンドが大ヒットを飛ばします。キーボードの音色を印象的に使った「JUMP」という曲は、瞬く間に全米の若者を虜にしていきます。このバンドがあのヴァンヘイレンです。

そして、東海岸のニュージャージーからはボンジョヴィがデビュー。まさにきらびやかなHM/HRの世の中へと移っていくわけです。

1985年
前述の経済的な出来事もありますが、Back to the Futureのパート1が放映された年です。この中で主人公は、ヴァンヘイレンのカセットを持ち歩いてますね。この場面は、いわばHM/HRがコモディディ化されたこと証明していると思っていたりします。

70年代も音楽の細分化と融合、拡散が進んだ時代でしたが、80年代もこのヘヴィメタル・ハードロックという世界でも細分化と融合が進みます。ジャズやフュージョン、R&Bの世界でも細分化と融合が進みます。

これを後押ししたのが、MTV。
音楽に映像を加えたPVが、量産され、TVを通して音楽が拡散されていきます。TVがイメージを作り上げていたんですね。

この後、80年半ば以降の、HM/HRの動きについて触れてみます。

まずはベルリンの壁がそびえたっていたドイツ。壁といってもベルリン市内だけなんですが、東と西に国が分かれていたため、その象徴として壁が効果的に使われ、どうもあの壁の印象が強いんすが、、、。

このドイツでは、メタリックな重さとメタリックなスピードを追求するバンドが多数出現します。アクセプト、ハロウィン、ガンマレイなど。この特異的な音楽からこのジャンルを総称して特にハロウィン以降をジャーマンメタルと呼びます。


ついで、北欧。
メタルとクラシックを融合させたネオクラシカルなるジャンルが勃発。ここに超絶テクニックのギタリスト、イングヴェイ・マルムスティーンが出現し、「The Final Countdown」のヨーロッパと共にシーンを引っ張ります。


そしてアメリカのベイエリア。
NWOBHM直結のメタリックなスピード感とリフを重視したバンドが多数出現。メタリカ、メタリカの初代ギタリストが結成したメガデス、アンスラックス、スレイヤー。彼らはスラッシュメタルというジャンルを作っていきます。

特にメタリカはブリティッシュの魂を受け継いだメタルを展開しており、このメタリカの3枚目のアルバムがこの手のマニアックなスラッシュメタルというジャンルでは初めてヒットチャートに入ったことをきっかけとして、だれの目にもヘヴィメタルは、流行ではなく、もはや音楽のジャンルそのものであると認識されるにいたります(=コモディディ化。いつなんどきもそこにあって、違和感がない)

さらにそして、、、1987年
LAから。
このジャンルが生み出したある意味最高傑作が登場します。

70年代の原型をルーツとして、LAメタルとは全く違うテイストを持ったそのバンドの登場が、メタリカの実績をベースとして、最終的にHM/HRを確固たるジャンルとして定義するに至ります。

LAからLAメタルの雰囲気を持たない、決してきらびやかではないガレージロックのようないで立ちのこのバンドが出現したことで、LAメタル(LAメタルというある意味、特殊な音楽形態)は終焉の時を迎えます。

そして、ここから90年代にかけて、彼らのように70年代の原型を追い求めるバンドたちが多数出現したのは、必然的だったのかもしれません。といっても、ここからあと数年はきらびやか、かつ様式美あふれるHM/HRは、メインストリームであり続けたわけですが。

しかし。。この時すでに、音楽シーンには、その後、シーンを混沌化していく、、「怒りのパワー」の放出の気配が徐々に迫っているのでした。

このバンドのファーストアルバムの一曲目は「Welcome to the Jungle」。まさに混沌への誘い。。

この87年にLAから登場したバンドが、ガンズ・アンド・ローゼスです。




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