マガジンのカバー画像

独選「大人の必読マンガ」案内

29
新潮社フォーサイトで連載中のコラム「独選『大人の必読マンガ』案内」を転載しています。名作・傑作をしつこく推薦し、皆さんがうっかり読む前に死んでしまうリスクを軽減するのが本コラムの… もっと読む
運営しているクリエイター

記事一覧

「神様」が描き切った受難と救済 手塚治虫『きりひと讃歌』

「神様」が描き切った受難と救済 手塚治虫『きりひと讃歌』

「一番のお気に入りの手塚作品はどれか」

マンガ好きならこんな話題で盛り上がったことがあるだろう。

『ブラック・ジャック』『火の鳥』『ブッダ』『どろろ』『奇子』『三つ目がとおる』『シュマリ』『ばるぼら』『アドルフに告ぐ』――。

今、本棚に並んでいる作品をざっと挙げただけでも、どれを選ぶか迷う。短編集や『人間ども集まれ!』といった異色作も捨てがたい。少し上の世代なら、『鉄腕アトム』や『ジャングル

もっとみる
戦友と「神様」と2つの青春 藤子不二雄Ⓐ『まんが道』

戦友と「神様」と2つの青春 藤子不二雄Ⓐ『まんが道』

2018年夏に当コラムを始めたとき、「いつか必ず書こう」と決めた作品がいくつかあった。

その筆頭格が、藤子不二雄Ⓐの『まんが道』だ。

漫画家のバイブル私の手元にあるのは2012~13年にかけて刊行された全10巻の「決定版」だ。

小畑健、ハロルド作石、江口寿史、あらゐけいいち、島本和彦、秋本治、荒木飛呂彦……。
帯や文末の寄稿文に並ぶ漫画家の名前を見るだけで、この作品の偉大さが分かる。どの言葉

もっとみる
「死ねない者」の苦悩と願望 高橋留美子『人魚の森』

「死ねない者」の苦悩と願望 高橋留美子『人魚の森』

再生医療などの発達でヒトの寿命が将来、150歳程度まで延びる可能性がささやかれる。一方でニュージーランドでは最近、国民投票で安楽死が合法化される方向となった。新型コロナウイルスのパンデミックの影響で、「死」について考える機会が増えた人も多いのではないだろうか。

今回はそんな文脈のなかで、高橋留美子の傑作『人魚の森』を取りあげたい。

テーマは不老不死私ははじめ、この連作短編を『るーみっくわーるど

もっとみる
ウイルス禍から救われるべき「弱者」を知る 青木雄二『ナニワ金融道』

ウイルス禍から救われるべき「弱者」を知る 青木雄二『ナニワ金融道』

新型コロナウイルスの感染拡大は、世界保健機関(WHO)がパンデミックを宣言する事態に発展した。

本コラムでは前回(3月3日)、細菌やウイルスに関する基礎テキストとして『もやしもん』(講談社)をご紹介した。

この中で私は、新型ウイルスについてこんな見解を示した。

・すでに完全な「封じ込め」は難しい
・医療リソースの枯渇を回避し、治療法とワクチンの開発の時間稼ぎをするべきだ
・難しいのは感染抑制

もっとみる
愚行と矜持を描き切った叙事詩 宮崎駿『風の谷のナウシカ』

愚行と矜持を描き切った叙事詩 宮崎駿『風の谷のナウシカ』

自然の前で人間の力など小さなものだ。

新型コロナウイルスに翻弄される日々は、我々にこの陳腐な言い回しを再認識させる。
一方でその小さな存在が気候変動を引き起こし、人類は自然と調和したあり方を模索しつつある。

我々は危機を前に賢明な選択ができるのか。

この一大テーマを念頭に最近、宮崎駿の『風の谷のナウシカ』を精読した。

映画とはまったく別の作品マンガ版『風の谷のナウシカ』は、中断を挟みつつ、

もっとみる
「語りえないもの」を描いた天才ジョージ秋山 『捨てがたき人々』

「語りえないもの」を描いた天才ジョージ秋山 『捨てがたき人々』

今回は何度か紹介しようと試みては断念してきた作品、『捨てがたき人々』(小学館、幻冬舎)を取りあげる。

ジョージ秋山『捨てがたき人々』 幻冬舎文庫

6月に入り、作者・ジョージ秋山氏が先月亡くなっていたことが明らかになった。この機会に書くしかないだろうと腹を固めた。以下、敬称略で書き進める。

書くのを諦めてきたのは、この作家の作品に正面から向き合うと、「すごい」の先につなぐ言葉が浮かんでこないか

もっとみる
「おうちにいよう」は「マンガを読もう」だ! 今こそ読みたい傑作20選

「おうちにいよう」は「マンガを読もう」だ! 今こそ読みたい傑作20選

本稿は新潮社のニュースサイト「Foresight」に掲載されたコラムを再構成したものです。編集部のご厚意で転載しています。

新型コロナウイルスの影響で、学校は長期休校、大人も在宅勤務と、誰もが自宅で過ごす時間が激増しています。生活のリズムが狂い、日々のニュースを見れば気持ちも沈む。
「コロナ疲れ」は深刻です。

でも、今、我々にとって「おうちにいよう」は、文字通り、日本と世界を救うための使命です

もっとみる
「見えないウイルス」の世界を覗き見る 『もやしもん』

「見えないウイルス」の世界を覗き見る 『もやしもん』

新型コロナウイルスの猛威が世界を覆っている。原子力発電所事故以降の放射能に対する過剰反応が示すように、人間は「目に見えない脅威」に弱い。日本政府の対応や情報開示が後手に回っているのもあり、不安が高まるのも無理はない気もする。

では、もし病原体が「目で見える」としたら、どうだろう?

そんな思考実験と、菌やウイルスに関する知識を仕入れる教材として、今回は石川雅之の『もやしもん』(講談社)を取りあげ

もっとみる
廃炉という「非日常の日常」を描く 『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』

廃炉という「非日常の日常」を描く 『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』

本記事は2019年3月11日に新潮社のニュースサイト「Foresight(フォーサイト)」に掲載されたコラム、独選「大人の必読マンガ」の転載です。
初出から1年経っていますが、note未転載でしたので改めて投稿します。
一部情報が古くなっていますが、原文のままです。

独選「大人の必読マンガ」案内 (10)
竜田一人『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』また3月11日が巡ってきた。

東日本大震

もっとみる
ルームメイトはイスラムな女の子 『サトコとナダ』

ルームメイトはイスラムな女の子 『サトコとナダ』

最近の米国とイランの関係悪化など騒然とした中東・イスラム圏のニュースは日々、耳に飛び込んでくる。今や世界人口の4分の1がイスラム教徒で、将来には「3人に1人」までその割合は高まるとされる。都内でも最近、ヒジャブを身に着けた女性を見かけることが増えた。

とはいえ、多くの日本人にとってイスラム教やその信者はまだ遠い存在だろう。一方的に流れてくる不穏な国際ニュースの洪水と、不足がちな等身大のイスラム教

もっとみる
「部活マンガの完成形」が問う進歩と停滞 『帯をギュッとね!』

「部活マンガの完成形」が問う進歩と停滞 『帯をギュッとね!』

いよいよオリンピックイヤー、2020年だ。
本コラムでも『SLAM DANK』(井上雄彦、集英社)以来、1年ぶりにスポーツマンガを取り上げたい。

(こちらマンガコラム最大のヒット。未読でしたら)

柔道漫画の黄金期 『帯をギュッとね!』(小学館、以下『帯ギュ』)は河合克敏の連載デビュー作にして代表作だ。

『週刊少年サンデー』上の連載期間は1989年新年号から1995年まで。完結から20年

もっとみる
誰もが落ちうる奈落とその先の救い 『失踪日記』

誰もが落ちうる奈落とその先の救い 『失踪日記』

独選「大人の必読マンガ」案内 (17)
吾妻ひでお『失踪日記』
吾妻ひでお氏が10月、69歳で亡くなった。
今回は追悼の念をこめて本コラムで「いつかは」と考えていた『失踪日記』(イースト・プレス)とその続編『失踪日記2 アル中病棟』(同)を取り上げたい。

帯で「全部実話です(笑)」とうたう『失踪日記』は3部構成で、第1部と第2部が吾妻氏自身の失踪時の体験記、第3部は自らのアルコール依存症の発症と

もっとみる
「エコは人間のエゴ」という悟り

「エコは人間のエゴ」という悟り

独選「大人の必読マンガ」案内 (16)
岩明均『寄生獣』
16歳の少女の “How dare you”という火を吹くような糾弾が世界の注目を集めたかと思えば、日本では国会議員の公党党首が世界的な人口増について、「あほみたいに子供を産む民族はとりあえず虐殺しよう」と公言して騒動を起こしている。

後者の暴言は論外として、環境問題が取りざたされると再読したくなる漫画が、岩明均の『寄生獣』(講談社)だ。

もっとみる
含羞を帯びた痛切な鎮魂歌 『あれよ星屑』

含羞を帯びた痛切な鎮魂歌 『あれよ星屑』

独選「大人の必読マンガ」案内 (15)英語に brothers in arms という表現がある。ともに武器をとった仲間、戦友を指す言葉だ。一定年齢以上の読者なら、ダイアー・ストレイツの名盤のタイトルを思いだすかもしれない。
戦場という極限状態を共有した強い絆は、文学や映画でも、男の友情を描く格好の題材となってきた。

『あれよ星屑』(エンターブレイン、KADOKAWA)は2人のbrothers

もっとみる