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初めてのスパイスカレーと、秘密のたまり場だった「アジア屋」


初めて親や大人がいない中で外食をしたのはいつだろう。
私は多分、高校1年生だったと思う。

そもそも住んでいた町にはレストランや喫茶店など飲食店らしい飲食店はなかったし、あったとしても結局「あーら、3丁目の日野さんとこの〜」みたいなレベル。
これでは私の中では今ひとつ外食とは言えない。

町を出て市街地に行けばいくらでもお店はあったが、そこまで行くのに片道約1時間、電車代にして1000円足らず。
往復で2000円もかかってそれから外で食事をするなど、小中学生の頃はとてもじゃないけどそう簡単にできるものではなかった。

高校に進学し、遠い市街地への定期券も手に入れた高校1年生の頃。
ちょっと行動範囲も広くなり、時間もお金も中学生の頃より少し自由がきくようになった私は、初めて友達と外食をした。
休日の部活終わりに、仲の良い4人で自転車に乗り「何か食べて帰ろう」なんて話す。


よく行っていたのは駅前にあるうどん屋さん。
はな○うどんでも○亀製麺でもないローカルなうどん屋さんだ。
入口で冷たいか温かいか、大か小かのシンプルな選択肢しかないメニューの中から希望のものを伝え、お盆を取る。
バイキングのように並んだ天ぷらを思い思いに選び、小さな椅子とテーブルが置いてある狭い店内でうどんをずるずるとすする。

今思うとなんてことない普通のうどん屋さんなのに、私はそれがなんだか嬉しくてたまらなかった。
おこづかいをもらって食べているわけなので正確に言うと自分のお金ではないのだが、なんとなく大人というか一人前になったような気分。
自分たちでお店を選べるのも楽しい。


そんなある日、いつものように部活帰りにごはんを食べようと話した私たちは「ちょっといつもと違う店、探したくない?」なんて言って、自転車で駅前近辺をぐるっとまわってみた。
私たちが普段行く店といえば先程のうどん屋さんか、イオンなどのショッピングモールのフードコートばかりだった。

冒険がてら駅前の道から少しそれた通りを入ると、個人店のようなお店がポツポツと並ぶ。
「なにこれ、おしゃれ!何屋さん?」
私たちは、ある建物の前で自転車を止めた。


二階建てのその建物は、外観はちょっと古ぼけた倉庫っぽい見た目。
そしてその古さをうまく活かしたようなアンティークな窓枠がついていたり、入口前に置かれたアイアンのカートにはなんだか布っぽい雑貨が売られている。

「ねぇ、カレーセットだって。ここ、ごはん食べられるんじゃない?」

店の前の立て看板にチョークで書かれた文字を見つけた一人が言った。
倉庫で雑貨屋さんで、カレー屋さん?


何屋さんなのかわからなかったが、興味を惹かれた私たち4人は自転車を止め、その店に入ってみることにした。
扉を開けると民族楽器っぽい上から吊られた木製のオブジェのようなものがカランカランと不思議な音を立てる。

中は思っていたよりも広く、服やアクセサリー、よくわからない謎の置物や日用雑貨など、イオンでは見たことがないようななんとも言えない異国の気配を感じる雑貨がずらりと並んでいた。
飲食店、というよりは入った雰囲気は完全に雑貨屋さんだ。


「いらっしゃいませ。お好きに見てくださいね」

「あの...表のカレーっていうのを見たんですけど...」

「あぁ、夕方までは奥でカフェもやってるの。カレー、ありますよ」

私たちは顔を見合わせ「すごい、なんかおしゃれなところ見つけた!ここにしよう!」とアイコンタクトを取る。


カフェ利用の旨を告げると独特な服装の店員さんが「カウンターか、こっちの個室でもいいですよ」と奥の方に1つだけあったテーブル席を見せてくれた。間接照明が光るひっそりとした大人な空間。
せっかくなので私たちは個室のテーブル席に座らせてもらうことに。

サラダとドリンクがついて、カレーセットは確か1,000円くらいだっただろうか。今思うとまぁそんなもんだろうという価格だが、高校生にとっての1,000円のごはんはなかなかの値段である。
普段の私たちの一杯数百円のうどんからするとちょっと高め。
それでも私たちは「サラダと飲み物もついてくるんだって!」「待ってる間に雑貨のところ、見てみようよ」なんて言って、もうテンションは上がりきっている。ワクワクが止まらない。


さっそく各々飲み物を選ぶと、私たちは席に荷物を置いて先程の雑貨スペースをもう一度見に行った。

さっきまで見慣れた駅前通りにいたはずなのに、店の中はなんだか違う国に来たような不思議な空間だった。
上からは至るところに変わった形のきれいなライトがぽつぽつと下がっていてそれらもどうやら売り物っぽい。
ちょっと錆びた螺旋階段を登ると上にはギャラリーのような空間が広がっていて、壁には絵が飾られていたり、下の雑貨とはまた違ったテイストの大きな家具類なんかも置いてある。

「このワンピースかわいい」
「うわ〜この棚、取っ手が全部違うよ。おしゃれ〜!」
「私お弁当箱、これにしたいな〜」
「ねぇねぇ、あそこに色んな色のブレスレッドあるよ。お揃いで買わない?」

初めて見る、既製品とはちょっと違う手作り感のある雑貨や家具たち。
私たちは夢中になって店内を見て回った。


「カレー、できたんで席に運んでおきますね〜。ごゆっくりどうぞ」

店員のお姉さんが優しく言う。
雑貨に夢中になっていた私たちはわたわたと席に戻った。
小ぶりのこれまたオリジナリティあふれるかわいい小鉢にサラダ、そして木製の有機的な形のお皿に「家のカレー」とは違うなんだか色々なスパイスの香りがするカレー。

「すごーい、めっちゃおしゃれじゃん!」

「これで1,000円?ドリンクとサラダ付きで?お得じゃない?」

初めて食べたスパイスカレーは「大人の味」そのものだった。

カレーの味も店の雰囲気も、そして見たことのない色々な雑貨たちも、このお店のすべてが気に入った私たちは「ここ、私たちの"行きつけ"にしよう!」と決めた。
毎回は来れないけど、月に一回とか、土日の部活終わりにまた来たいねなんて言って。

帰りにお店の看板を見たものの、ちょっと特殊なフォントで書かれたおそらく英語であろう文字が読めなかった私たちは、勝手にその店のことを「アジア屋」と名付けた。
なんかアジアっぽい面白い雑貨があるから、アジア屋さん。


それから私たちは、高校3年生になって部活を引退するまで4人で度々アジア屋に通った。
安めのブレスレッドをお揃いで買ったりなどはしたものの、基本的に雑貨には手が出せなかったのだが、それでもお姉さんはいつもカレー待ちの間に私たちが店内を色々見てまわったりしてきゃいきゃいとはしゃぐのを特に何も言うことなく、優しい雰囲気で見守りながらほったらかしてくれた。
テーブル席が埋まっている時はカウンターに座って、色々な話もした。

「こんなとこ見つけてくれて嬉しいな。高校生なんて滅多に来ないからさ。君たち、若いのにセンスあるじゃん」

そんなことを言ってお姉さんは色々な雑貨を「これはこの国のもので…」と教えてくれたり、たまに「2人で半分ずつ分けてね」なんて言ってケーキを2つサービスしてくれたりした。


確かにここに来るお客さんで、私たちと同じような高校生を見たこともなかったし、同級生にちらっと聞いてみても「え?あの通りにお店なんてあったっけ?」というような感じでそのお店の存在を知っている人はいないようだった。

私たちはなんだかあの店を知っているのは自分たちだけのような気がして「このお店はこの4人の時だけに来ようね」なんて言って、まるで秘密のたまり場のようにアジア屋にひっそり通い続けた。


高校を卒業して上京してしまった私は、すっかりその存在を忘れてしまっていたが、数年前に久しぶりにその近辺を訪れた時、私はふと思い出してアジア屋を探した。

しかしお店は見当たらず、あたりは駐車場になっていてどの辺だったっけというくらい建物ごとなくなってしまっていた。
なかなか趣のある建物だったが、もしかすると老朽化が進み、取り壊されてしまったのかもしれない。


もうなくなってしまった結局名前もわからずじまいの「アジア屋」。
それでも私は、あの時の初めて感じた異国のような空気や、新しくも懐かしい感じのするちょっと不思議なテイストの雑貨たち、お香の香り、そして何度も食べたスパイスカレーの味と4人の秘密のたまり場のことをたまに思い出す。


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