記事一覧
【雑記】たいせつな日々がやがて訪れて、と桑田は歌う。
私の知っている相鉄線、かつてを過ごしたアパート、原っぱはあの頃とんでもなく広かったのに、今じゃ向こう側まで見えてしまう。江の島の海に浮かべた牛乳パックのボートでおぼれかけたことは、今でも夢に出るほどだ。通った幼稚園で飼っていたうさぎの中に「ゆうこ」という子がいて、その子は私の弟の指を噛んだ。
あの頃と何が変わったんだろう。誰かを好きになり、好かれて、結婚して、子どもが生まれて、その子を連れて横浜
キャロルの庭 vol.10
俺は、センセイと呼ばれる職に就いている人間が嫌いだ。
幼いころ問題が解けず困っているクラスメイトに授業中声をかけただけで「田町君、おしゃべりはやめなさい。」という分からず屋なセンセイがいたし、少し歳を重ね進学した先では、制服の着方や髪型(天然パーマなのに、いつまで経っても信じてもらえなかったのだ。こんなくせの強いパーマ、誰が好んでかけるかっての。)果ては持ち物や交友関係、人生にまで講釈を垂れるセン
キャロルの庭 vol.9
「じゅんぺーい」
田町の間延びした声がさほど広くはない店内に響く。横に並ぶと田町の頬骨がよく観察できることが分かった夏樹は、こんな角度でそもそも異性を眺めたことがないなあ、とぼんやり思っていた。
上から下まで、といった表現のそのままに本が並んでいる様はさりとて図書館のように整然とはしておらず、なんだかちぐはぐだ。そのちぐはぐさは、ここの店主が裏通路でたばこを燻らせている時に似ている。彼はいつも夏
あなたがたのしそうに笑うので
予定よりもひとつ早い電車に乗ることが出来たハナは、鞄の中のハンカチを広げて膝にかける。買ってきたカフェオレにストローを勢いよく差し込み、窓の外を眺めた。
彼の身勝手さは今に始まったことじゃないだろう、と思うのに、毎回腹を立ててしまうのはなぜだろう。膝上にかけたハンカチは少女趣味のギンガムチェック柄で、電車のリズムに合わせてゆれる。
カタン、ガタン、タン、カタン。
「あと30分で着くよ。」
なめら
【雑記】生活は地味なメロディに乗る
人は変化を嫌う。(それはもう、構造的にそうなんだそう。)
若干その節に反発を覚えながら、今日の私も「いつもと同じ(ように見える)日」を過ごしている。
いつもと同じ時間に目をこじあけて、スマートフォンの通知だけ確認する。パンを焼き、目玉焼きをこしらえている間にスープをあたため、湯を沸かす。ドリッパーをセットしたカップに湯気立つコーヒーポットを傾けるころ、家族が起きてくる。猫2匹がまとわりつき、おは
【雑記】愛だの恋だの、すぐアップデートしようとするから。
今日は雪が降った。去年も同じ時期に降ったことを私はよく覚えていた。
「私は今ここであなたのジャケットにボタンをつけているけれど、」と呟いた瞬間、針が指に刺さった。うっすらと滲んだ血液で服を汚さないよう、キッチンで手を洗ったんだった。
「うん?」
目線は私に向いていないことくらい知っていたし、動画サイトを舐めるように見ながら片手ではスマートフォンでゲームを操作するなんて、まあ、器用だと感心すること
【雑記】なんでもない夜がそこにはある
離婚して3年ちょっと。私はまったく寂しくないことに気づいてしまう。
漫然とした不安や人恋しさはあるけれども、寂しいと思ったことは一度もないかもしれない。いや、あるかもしれない。でも、そういう感情を何かで上書きしようとは思わない。何もかもがあっという間すぎるんだ、そもそも。あんなにわめいた失恋だって、もう今は腐ったじゃがいもとしか思えない。ただし米津君の歌はまだ聴けない。夢ならばどれほどよかったでし
キャロルの庭 vol.8
いちこ、遅いなあ。
東雲先生はもう何杯目か分からないアルコールの入ったグラスをもてあそびながら、ひとりごちる。
「どうしたんでしょうね。読みふけってるのかな。」
店内の客数はまばらになりつつあった。調理の時間よりも洗い物の時間の方が少しずつ増える。あとでハンドクリームを塗らなければ。
「様子、見てきてくれない?」
「私がですか。東雲先生が行けばいいじゃないですか。」
「だって俺、もう歩けないし。」
キャロルの庭vol.7
若い男女がふたりきり。
まあ、なにが起きてもおかしくはないと言えるが、はてさてどうしたものか。
自身が招いた結果なので文句の言いようもない。
「なんか、その、すみません。」
目の前の女性は言う。あの作家先生の担当とか言ってたっけ。
「いえ、自分もなんか、その、申し訳ないです。こんなところに、」
閉じ込めてしまって、と言いかけたが、果たしてそれは正しいのだろうか。
閉じ込めた、というよりも、二人し
苺の花の咲く頃に vol.1
言葉は不思議だな、と祥子は常々思う。
例えば「おはよう」。
おはよう、は4文字で構成されているのに、そこには朝の挨拶の「おはよう」以上の気持ちが確かにそこにはある。
例えばママが私に発するおはようと、パパに発するおはようと、おばあちゃんに対するおはようは違うな、と思う。
「おはよう、祥子。もう7時よ。」
今日のママのおはようは70点くらいのご機嫌度だ。
きっと昨日はおばあちゃんが大人しかったのだ
キャロルの庭vol.6
死してもなお死んだ人はどこへ行くのだろう、と純平は考える。
魂だけがこの世に残ってしまうのだろうか。そうだとしたら、天国とは一体なんのために言い伝えられているものなのだろうか。肉体は概ねほとんどの宗教と社会通念で処理されてしまうが。
死してもなお、残るもの、遺るもの。それは死んでしまった本人には分からない。俺には何も、分からない。
今日も暇だったなあ、とあくびをひとつ、こしらえる。
なんで本屋、し
キャロルの庭 vol.5
俺の名前をなんというか、知っているか。
ここから先が出てこない。そもそも俺の名前を・・・だなんてずいぶんと偉そうだ。はたはたとキーを叩いては消し、叩いては文字を並べ、何度もカーソルが行ったり来たりする。そんな作業をかれこれ2時間は繰り返していた。画面上の物語はまだ1ミリだって進んじゃいないというのに。
一番苦手な仕事を後回しにするとこうなる。そんな自分をいちこは「ざまあみろ」という。後回しにす
関ジャニ∞という「6人」
東京に行ってきたよ、という、長い長いコンサートの感想です。マジで長くて引く。キモい。
おいてけぼり、私は確かにそう思った。
7月から6人でスタートした関ジャニ∞のコンサートは、9月8日が私にとっては最初で最後、つまりこの日しか参加出来ない日程だった。
今ツアーはたくさんの災害に見舞われてしまった関ジャニ∞、参加できなかった方たちには早く映像が届くといいなと思うし、被災者の皆さんには早く楽しいこ
キャロルの庭 vol.4
平成のダビデ像、田町は私のことを「先生」と呼ぶ。
「先生じゃないです、やめてください。」
「じゃあなんて呼べばいいの?」
「知る必要、ありますか。」
ないけどお、と言って、田町はへらへらと笑う。
今日の私は、カウンター内のキッチンでゆで卵を茹でていた。
ランチに出している日替わりサンドイッチの中身は青ちゃんが決めるので、私はそれに従って調理をする。
今日はゆで卵ときゅうり。オーソドックスな中身
キャロルの庭 vol.3
またやられた。
無機質な扉の前で考えた。
さてはて、どこへ逃げたか。
東雲先生には「どこにいますか。夏樹ちゃんと一緒ですか。」とメッセージを送ったけれど、多分読んでいないし読まない。
痛いほどの強い日差しだが、今日の私は帽子をかぶっているので勝ち組だ。
キャロルにいるかとも考えたけれど、キャロルに行っているということは飲んでいる、ということだ。すなわち今日の東雲先生は使いものにならないし、原稿