キャロルの庭 vol.3

またやられた。
無機質な扉の前で考えた。
さてはて、どこへ逃げたか。

東雲先生には「どこにいますか。夏樹ちゃんと一緒ですか。」とメッセージを送ったけれど、多分読んでいないし読まない。
痛いほどの強い日差しだが、今日の私は帽子をかぶっているので勝ち組だ。

キャロルにいるかとも考えたけれど、キャロルに行っているということは飲んでいる、ということだ。すなわち今日の東雲先生は使いものにならないし、原稿だって出来ていない。

私は文字が、言葉が好きだ。
紙の上で、ディスプレイで、誰かの心でつづられた言葉たちが大好きだ。
それ以上も以下もない理由でこの仕事を選んだんだと思う。
もう、あまり覚えてはいないが。
さてはて、どこかに消えてしまった東雲先生からどのようにして、いつごろ原稿をいただこうか、と頭をひねる。

東雲先生との付き合いはもう、何年になるだろう。
幼いころ、気づいたときには隣にいた。
中学校までは同じ学校だったのだ。
涙にくれるほどでもない卒業式も、色気づき始めた色付きリップも、地面すれすれのズボン丈も、白いカッターシャツの透け具合も、制服のスカート丈を気にする姿も、淡い初恋も、呆れるほど共有してきたのは唯一東雲先生だけだ。
作家デビューをした、ということを知ったのは仕事の中でだったし、何よりも成人してからはあまり交流もなかった。
仕事上「東雲先生」と呼んでいるが、酔っ払うとついつい昔のように、「浩一」と呼んでしまう。
さてはて、最後に「浩一」と呼んだのは、いつだったか。


(編集者、多田ちゃんの登場である。)

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