キャロルの庭vol.7

若い男女がふたりきり。
まあ、なにが起きてもおかしくはないと言えるが、はてさてどうしたものか。
自身が招いた結果なので文句の言いようもない。

「なんか、その、すみません。」
目の前の女性は言う。あの作家先生の担当とか言ってたっけ。
「いえ、自分もなんか、その、申し訳ないです。こんなところに、」
閉じ込めてしまって、と言いかけたが、果たしてそれは正しいのだろうか。
閉じ込めた、というよりも、二人して閉じ込められているのだ。この狭い小部屋に。
この小部屋は文字通り上から下まで棚一面、四方八方に本が押し込んである。
作家先生の担当さんは、一番上に置いてある本を取ろうとしたのだが手が届かなかったのだ。女性の中では比較的背丈が高いように見えたが、それでも届く高さじゃない。なぜならあの作家先生だって、よいしょ、と、ひといきついてから手を伸ばすくらいなのだ。
扉が閉まってしまわないよう、足で押さえながら腕を伸ばして取ってあげようとしたたら、まるで漫画のようにバランスを崩した。まさか女性に向かって倒れ込むわけにもいかず、バランスを取ろうとしたら扉は閉まるわ、扉近くに乱雑に積んでいた本の壁は崩れるわ、それがつかえになってしまい中から扉は開かないわ・・・そんなわけで、閉じ込められてしまった。

「今、何時くらいなんでしょう。」
作家先生の担当さんがぽつりつぶやく。
「うーん、何時でしょう。」
「あ!私、時計つけてます!」
「でも、真っ暗で見えないでしょう。」
しまった、と息を飲む音が響く。
「さっき、ここに来た時は17時半くらいでした。」
「じゃあ、18時くらいでしょうか。」
「かもしれない。東雲先生と飲んでいたので、気付いてくれるといいのですが。携帯も置いてきてしまったし。」
「心細いですか。」
「いいえ、ちっとも。」
なんともまあ、たくましい。
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今日は珍しくあっという間に席が埋まってしまった。
キャロル自体そんなに大きな店舗ではないし、カウンターチェアも数を多く置いていない。
テーブル数も少ないし、席が埋まると言ってもたかが知れているが、それでも席が埋まると私と青ちゃんの2人ではてんてこ舞いだ。
じゃがいもをくし型に切り、素揚げする。油に落としている間にグリーンリーフをちぎり氷水に浸す。そうこうしている間にさっき薄くスライスした玉ねぎの辛み抜きが終わりそうなので、軽く水でゆすいでしっかり絞る。

青ちゃんはせっせとホールを歩き回り、料理やアルコールを配膳し、オーダーを取る。合間に常連のお客さんの相手をし、なんなら女性からのお誘いを華麗に、なおかつ傷つけない言い回しでかわし、ギャルソンエプロンをひるがえす。
東雲先生は混雑した店内に気を遣い、いちこが戻ってこないから、と、カウンターに席を移した。
「いちこはどうしたんだろうなあ。」
「戻りませんね。」
4杯目のアルコールはミモザだ。ミモザを正しくは「シャンパーニュ・ア・ロランジュ」という。
「ミモザのカクテル言葉って知ってる?」
そんなものがあるのか。知らなかった。
真心、っていうんだよ、と東雲先生が教えてくれる。
「この前青柳くんと話してたんだけど、タマチくん?だっけ?なんだか邪険に扱ってるようだけど。」
「邪険って、」
心外だ、と思った。そんなつもりはまったくなくて、ただ、苦手なだけなのに。
「まあ、いいけど。話を聞く限りだと面白そうな子だけどなあ、タマチくん。」
「どこがですか。」
「大手のビールメーカー営業からあっさり引退して家業を継ぐ、っていうだけでおもしろいじゃない。」
「そういう熱血的なストーリー、私は苦手です。自分があきらめたものに対してストーリー性を持たせることは同情を生み出しませんか?一気に安っぽいストーリーになる。」
「だからこそ面白いんじゃないの?自分の対岸にいる人ってだけで面白いでしょ。」
「というか、彼の話、今必要ですか。」
「ああいう人が麦先生の今の生活には必要そうだけどな。」
まあどうでもいいけど、と、目の前の意地悪な作家大先生は微笑んだ。

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