キャロルの庭 vol.10

俺は、センセイと呼ばれる職に就いている人間が嫌いだ。
幼いころ問題が解けず困っているクラスメイトに授業中声をかけただけで「田町君、おしゃべりはやめなさい。」という分からず屋なセンセイがいたし、少し歳を重ね進学した先では、制服の着方や髪型(天然パーマなのに、いつまで経っても信じてもらえなかったのだ。こんなくせの強いパーマ、誰が好んでかけるかっての。)果ては持ち物や交友関係、人生にまで講釈を垂れるセンセイ。
大学に進学すれば少しはマトモな出会いがあるのかと思ったが、案外そういうわけでもなかったように思う。
センセイ。
あまり、いい思い出はない。

そんな「センセイ」への思い出を辿りながら、今日も俺はビールケースを軽トラックに乗せ、町を走る。
たまにいいワインなんかが入る時は必ずキャロルへ持っていく。青柳君はワインが好きだから、ついついおすすめしたくなってしまうのだ。最近はクラフトジンが流行っていて、折々珍しい種があれば持っていくとすごく無邪気に喜んでくれる。ありがと、と短く言う青柳君は、いつだって楽しそうに生きている。(ように見える。)
この町があまり好きではないけれど、キャロルがあるというところだけはほんの少し気に入っているんだ、俺は。

夏だ夏だ、暑い暑いというけれど、実のところどれほどに暑いかなんてことは体感温度でしかない。いいところを見れば、洗濯ものがよく乾くとかいろいろあるだろう。見方によってずいぶん変わるのだけれど、人はついソレを忘れがちだ。
本日の配達分をすべて軽トラックの荷台に積み込み、いつも通りきったない汗をTシャツで雑に拭うと人知れずの溜息がふうと漏れた。今日はキャロルでアイスコーヒーを飲むと決めていたけれど、この調子だと昼を超えそうだ。早めに行くことにしようか、と空をふいに見上げれば飛行機雲がシュッと一筋、引かれていた。
そういえば最近キャロルでオンナノヒトを見かけるようになった。
青柳君曰く「ちょっと前からいたけど、田町、気付かんかった?」とのことだけど、いやはやまったく気付かなかった。それほどに存在が薄い。
ここ数回の配達でやっと空気を察知したけれど、頑張って察知しないとその姿は厨房の奥に消えていく。
今日こそは名前を聞くぞ、と思うのに、いつだって聞けないでいるのだった。


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