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記事一覧
キャロルの庭 vol.10
俺は、センセイと呼ばれる職に就いている人間が嫌いだ。
幼いころ問題が解けず困っているクラスメイトに授業中声をかけただけで「田町君、おしゃべりはやめなさい。」という分からず屋なセンセイがいたし、少し歳を重ね進学した先では、制服の着方や髪型(天然パーマなのに、いつまで経っても信じてもらえなかったのだ。こんなくせの強いパーマ、誰が好んでかけるかっての。)果ては持ち物や交友関係、人生にまで講釈を垂れるセン
キャロルの庭 vol.9
「じゅんぺーい」
田町の間延びした声がさほど広くはない店内に響く。横に並ぶと田町の頬骨がよく観察できることが分かった夏樹は、こんな角度でそもそも異性を眺めたことがないなあ、とぼんやり思っていた。
上から下まで、といった表現のそのままに本が並んでいる様はさりとて図書館のように整然とはしておらず、なんだかちぐはぐだ。そのちぐはぐさは、ここの店主が裏通路でたばこを燻らせている時に似ている。彼はいつも夏
キャロルの庭 vol.8
いちこ、遅いなあ。
東雲先生はもう何杯目か分からないアルコールの入ったグラスをもてあそびながら、ひとりごちる。
「どうしたんでしょうね。読みふけってるのかな。」
店内の客数はまばらになりつつあった。調理の時間よりも洗い物の時間の方が少しずつ増える。あとでハンドクリームを塗らなければ。
「様子、見てきてくれない?」
「私がですか。東雲先生が行けばいいじゃないですか。」
「だって俺、もう歩けないし。」
キャロルの庭vol.7
若い男女がふたりきり。
まあ、なにが起きてもおかしくはないと言えるが、はてさてどうしたものか。
自身が招いた結果なので文句の言いようもない。
「なんか、その、すみません。」
目の前の女性は言う。あの作家先生の担当とか言ってたっけ。
「いえ、自分もなんか、その、申し訳ないです。こんなところに、」
閉じ込めてしまって、と言いかけたが、果たしてそれは正しいのだろうか。
閉じ込めた、というよりも、二人し
キャロルの庭vol.6
死してもなお死んだ人はどこへ行くのだろう、と純平は考える。
魂だけがこの世に残ってしまうのだろうか。そうだとしたら、天国とは一体なんのために言い伝えられているものなのだろうか。肉体は概ねほとんどの宗教と社会通念で処理されてしまうが。
死してもなお、残るもの、遺るもの。それは死んでしまった本人には分からない。俺には何も、分からない。
今日も暇だったなあ、とあくびをひとつ、こしらえる。
なんで本屋、し
キャロルの庭 vol.5
俺の名前をなんというか、知っているか。
ここから先が出てこない。そもそも俺の名前を・・・だなんてずいぶんと偉そうだ。はたはたとキーを叩いては消し、叩いては文字を並べ、何度もカーソルが行ったり来たりする。そんな作業をかれこれ2時間は繰り返していた。画面上の物語はまだ1ミリだって進んじゃいないというのに。
一番苦手な仕事を後回しにするとこうなる。そんな自分をいちこは「ざまあみろ」という。後回しにす
キャロルの庭 vol.4
平成のダビデ像、田町は私のことを「先生」と呼ぶ。
「先生じゃないです、やめてください。」
「じゃあなんて呼べばいいの?」
「知る必要、ありますか。」
ないけどお、と言って、田町はへらへらと笑う。
今日の私は、カウンター内のキッチンでゆで卵を茹でていた。
ランチに出している日替わりサンドイッチの中身は青ちゃんが決めるので、私はそれに従って調理をする。
今日はゆで卵ときゅうり。オーソドックスな中身
キャロルの庭 vol.3
またやられた。
無機質な扉の前で考えた。
さてはて、どこへ逃げたか。
東雲先生には「どこにいますか。夏樹ちゃんと一緒ですか。」とメッセージを送ったけれど、多分読んでいないし読まない。
痛いほどの強い日差しだが、今日の私は帽子をかぶっているので勝ち組だ。
キャロルにいるかとも考えたけれど、キャロルに行っているということは飲んでいる、ということだ。すなわち今日の東雲先生は使いものにならないし、原稿
キャロルの庭 vol.2
酒屋の名を、タマチという。
タマチはいつも間延びした声で挨拶をするけれど、目の奥には決して笑みが感じ取れない。
深い彫りからなる陰影は、きっと夏の日差しによく映えるのだろう。
そんな顔立ちを青ちゃんは「さながら平成のダビデ像だ。」という。
「それにしても今日暑いっすねー。」
タマチはにこにこしながら今日も軽トラックの荷台から荷物をおろしていた。
今日の私は、できたてのキャラメルみたいな扉を開けっ
キャロルの庭 vol.1
電子書籍を毛嫌いしたまま数年が経つ。
紙の匂いが、とか、めくる動作が、なんて耳障りのいい言葉は数あれど、一番の理由は「かっこいいから紙の本がいい」でしかない。
好きなのだ、紙の本を選び、購入し、持ち歩き、読んでいる自分が。
「青ちゃん、バルサミコ酢がもうない。」
青ちゃん、というのは私の高校時代の後輩だ。
「へー。」
「へー、じゃないよ。青ちゃん、頼んでおいてよ。」
私が週に4日、金土日、そし