文章で使用する『』は伝家の宝刀だと思う。伝えたいことに、必ず『』をつける。 『』を多用すると、何を伝えたいかわからなくなる。なので、僕は、『』を使用するときは、一番みんなに知ってほしいワードにつけるようにしている。メリハリをつけた文をこれからも書いていきたい。
《100日後に世間に認められる絵を描く》二日目! 時間がないため目だけ描いといた。
何でもオジサンのせいにするのは、嫌だ。だけど、オジサン自身も若者ぶったり、妙に高圧的だったり、苦労話を延々と話したりなど嫌なことをしているのを自覚するべき。1番いい方法は、一人の人間として佇まいを正すようにありのままの姿になること。その方が、ダメージを最小限にして暮らしていける。
映画やゲームなど創作物を評論する人がSNSで増えているけど、他人の評価や他人の発言を引用するだけのコピペ評論だ。 そう言うひとほど、何かを作るような行動はしない。だって、評価されるのが嫌いだから。自分たちは評価をするのが大好きなのに、反対のことはしない。ノーダメの人生は楽しそう。
なんか?『真実病』みたいなのが流行っているのかな?と思う。何がなんでも『真実は〇〇』とか『この真実は□□』とかどうでもいいことをSNSで喋る人ばかりが増えている気がする。なんか胡散臭いのとちょっと怖い感じがする。 例えるなら、蟻地獄のように落ちたら抜け出せない無限地獄みたい。
週刊誌やニュースサイトの記者さんは、悲しいなぁと思う。毎日毎日、芸能人や著名人の発言をSNSやテレビで常に監視して、記事にしている。それって地獄のような仕事だ。しかもAIの出現により仕事を奪われる運命に陥っている。もうやることがないかも知れない。 なんだか悲しい存在だなと感じる。
あることでヒットしたりバズるよりもやっぱり続けていくことが重要だと思う。 どうせ、人の趣味嗜好は移り変わりが激しいから、自分自身がやっていることを継続できるかに焦点を合わせないと、流行りに惑わされてしまう。何度も何度も馬鹿にされても煽られてもそれを生涯続ける覚悟を持ちたい。