関東管領

第28回 下総の章①─古河公方館─

秋らしくなってきました。穏やかな日差しと、それによって映える赤や黄色に色づき始めた木々の美しさが目につく今日このごろ。

 紅葉が楽しみですね。

 さて今回の探検記は、茨城県古河市に行ってきました。

 古河市という地目に聞き覚えがない人が多いと思われますが、室町時代に鎌倉公方が転居してきた場所でもあります。

 今回は、鎌倉公方はなぜ古河に引っ越さなかればいけなくなったのか、という経緯を主軸に

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【読書】論語抄

子曰く、故きを温ねて新しきを知らば、以て師為るべし。
 孔子が言った。過去のことを考え究め、それを取得し、選択したものをもとにして、現在及び未来のことを考える。そうした考え方をする人は、他の規範となり得る人である。

 これは温故知新のもとになった論語の言葉です。本書は、というか本と言いますか、この小冊子は栃木県足利市の足利学校内で百円で販売されているものです。
 百円とはいえ、論語の中から短文で

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(153)幻の「大和朝廷統一国家」論

東大寺 昭和の大修理竣工式(清水建設)

 ヤマト王統は第21代ワカタケル(幼武)王のとき、関東地方から筑紫地方までをカバーする王権を築いていた――というのは、教科書日本史も世の中の所論もおおむね一致しています。ただ王権の強度ないし組織基盤の質をどう見るか、意見が分かれるところです。

 明治維新から第2次世界大戦までの皇国主義的史観では、ヤマト王統は初代神武天皇から万世一系で、最初から「大和朝廷

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雑記:剣聖と関東管領

群馬県前橋市の上泉町は、「剣聖」と異名を取り新陰流の開祖として知られる上泉伊勢守信綱(秀綱)の出身地であり、伊勢守は上泉の豪族で当初は箕輪城の長野氏に属していた。

上泉自治会館が上泉城の本丸の跡地であるが土塁の一部以外はほとんど遺構はなく、近年駐車場の一角に建てられた上泉伊勢守の銅像があるくらいである。

銅像の後方には、上泉城の遺構ではないが江戸時代の寛政年間に造られた上泉郷蔵がある。

上泉

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神奈川県内の石造物⑭:怒田宝篋印塔(伝・藤原範茂の墓)

名称:怒田宝篋印塔

伝承など:藤原範茂の墓

所在地:神奈川県南足柄市怒田 範茂史跡公園

伊豆箱根鉄道大雄山線の終点の大雄山駅から北方にしばらく行った足柄台中学校の後方の高台にある範茂史跡公園は、その名の通り藤原範茂の墓を中心にして造られている。

範茂は後鳥羽上皇の近臣で、承久の乱に際して首謀者の一人として捕らえれ、乱後に鎌倉に護送される途中この地で処刑された。

園内の宝篋印塔は、範茂を葬

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神奈川県内の石造物⑫:西方寺跡層塔(伝・上杉憲方の墓)

名称:西方寺跡層塔

伝承など:上杉憲方の墓

所在地:神奈川県鎌倉市極楽寺 西方寺跡

江ノ島電鉄極楽寺駅から極楽寺坂の切通方面に歩いてまもなく、切通の登り口に差し掛かる手前の細い道を進んだ空き地に、中世の石造物が建ち並んでいる。

かつてこの地にあった西方寺ゆかりの石塔で、このうち七重の層塔(二枚目)は上杉憲方の墓と伝承される。

憲方は室町時代前期の関東管領で、二代鎌倉公方の足利氏満に仕えた

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第159回 山城の面白さを語る

1、読書記録6

昨日のノートでご恵送シリーズとして文化財調査報告書の紹介をしましたが、

それ以外でもおススメの新書や小説などをシェアしていきたいと思います。

書いたものは

読書記録

というマガジンに収めていきます。

読書メーターというアプリを利用してる方はそちらとも連動させていくので是非のぞいてみてください。

今回は取り上げるのは

西股総夫

『杉山城の時代』

城郭研究者である著

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