近江

【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 8

彼女に家族はない。

 婢であるので、もともと家族を持つことは許されないのだが、それでも生みの親がいて、兄弟がいるのは当たり前だ。

 が、彼女は親の顔を知らない。

 兄弟がいるのかも分からない。

 はっきりと思い出すのは、今夜のような雨の音………………斑鳩寺の中門に、襤褸切れに巻かれて捨てられていた赤子………………それが彼女だった。

 彼女は運が良かった。

 一歩間違えれば、獣か、烏の餌

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山田く~ん、この人に座布団1枚!
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 7

雨の音を聞いていると、騒めいた心が落ち着く。

 それは、自分の一番古い記憶だからだろうか?

 八重女は、蒲生野に建てられた仮庵から顔を覗かせ、弾ける雨音を静かに聞いていた。

 天智天皇の治世元(668)年5月初旬、葛城大王(中大兄皇子:天智天皇)は、大海人皇子や中臣鎌子らすべての諸王群臣を率いて、蒲生野に狩猟 ―― いわゆる薬狩りを催した。

 薬狩りとは鹿狩りであり、鹿茸(ろくじょう)とい

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旦那、お目が高い!
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 6

「やつめ、大海人様を大兄にしないということは、大王にしないということではないか? 大友を大王につける算段ではないのか?」

 吹負の言葉に、そこまでやるか……と疑問に思うのだが、安麻呂は怒られるのが嫌なので、黙っていた。

「そこです!」と、代わりに御行が再び話し出した、「今度の蒲生野での狩猟の後、宴席が設けられる予定ですが、そのとき、葛城は大友に大兄を与えるのではないかと……」

「まことか!」

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あなたのスキで、ご飯3杯食べられます!
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 5

「それだけではございません」と、口を挟んだのが御行である、「近江大津宮に派遣しております部隊の話ですと、妙な噂で持ち切りだとか」

「なんじゃ?」

「はっ、この度の狩猟の催事で、大友を大兄に就けるのではないかと……」

「なんじゃと! そんな馬鹿なことがあるか!」

 吹負の怒鳴り声が屋敷中に響き渡った。

 兵(つわもの)として体格的に恵まれた者が多い大伴一族の中で、小柄なほうである。

 そ

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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 4

大伴安麻呂連が大広間に入ったとき、すでに話し合いは佳境に差し掛かっており、安麻呂は見つからないように小さくなりながら、隅の席へと腰を下ろした。

 安麻呂のいうご歴々が、八重女の思う鬼連中が、まさに鬼のような顔をして座っている。

 上座には、安麻呂の叔父である大伴馬来田(おおとものまぐた)と吹負(ふけい)が席を占めている。

 馬来田は腕を組み、馬飼(うまかい)の長兄である杜屋(もりや)の話をじ

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お後が宜しいようで!
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やってきたかるた大会2020年

さあ盛り上がってまいりました
関係者の皆様方頑張って下さいね!

令和2年1月11日(土)に近江勧学館にて開催する
「第66期名人位、第64期クイーン位決定戦」

▼YI STUDIO は古典についてよくとりあげておりまして
 百人一首にも登場する作者・紫式部
 についても触れています

一般社団法人 全日本かるた協会
http://www.karuta.or.jp/index.html
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お陰様で今日は良い日です! 有難うございます
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 2

女も、まるで刃物のように鋭い三日月を眺めていた。

 八重子………………八重女である。

 彼女は縁側に座り、池のほうから吹き寄せてくる冷たい風を浴びながら、月を見上げていた。

「珍しいね、八重子がひとりで夕涼みなんて」

 声をかけたのは、大伴安麻呂である。

「安麻呂兄さま、いらっしゃいませ」

 八重女は、突然の来訪に驚きながらも、彼を招き入れた。

 侍女の酒を受けながら、安麻呂は聞いた

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今日1日素晴らしい日でありますように!
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 1

かちっという乾いた音に、火花が飛び散る。

 かちっ、かちっと2度 ―― 火花が2つ。

 さらにもう1つ増えたところで、ぼわっと一瞬辺りが明るくなり、しばらくして煙が吹き上がって、やがて火の柱が立ち上がった。

「火事だ!」

 男は大声で叫んだ。

「火事だ!」

 周辺の屋敷から男たちが顔を覗かせる。

「火事だ! 火事だぞ! 早く消せ!」

 男たちが慌てだす。

「水だ! 水持って来い!

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特別キャストはあなたです……
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 中編 31(了)

年の瀬が迫ったころ、巷では飛鳥の鼠が大量に北へと移動しているという噂が広がった。

「ワシも見たで、何百匹という鼠がぞろぞろと走り去っていくのを」

「ほんまけ?」

「ほんまじゃ! 気持ち悪うてな」

「なんやろうか? また地揺れとか、大水とかやろうか?」

「いや、もしかしたら宮遷しかもしれへんど」

「またか? 今度はどこや? また難波か?」

「鼠は北へ向かってたんや、難波は西や。すると、

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山田く~ん、この人に座布団1枚!
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 26(了)

中大兄の称制6(667)年2月27日、宝大王と間人大王を小市岡上陵(おちのおかのえのみささぎ)に、大田皇女をその陵の前に葬った。

 そして3月19日、天皇家誕生以来始めて、宮が琵琶湖の辺に建設された。

 近江大津宮(おうみおおつのみや)である。

 近江大津宮は、現在の滋賀県大津市錦織地区一帯に存在していた。

 その全貌は明らかではないが、発掘調査によって北側に大殿を持つ大王の政務兼居住区と

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