建築史

アントニオ・ガウディ(1852~1926)
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アントニオ・ガウディ(1852~1926)

(概要) スペイン,カタロニア州の首都バルセロナで,19世紀末から20世紀の最初の四半世紀に活躍した建築家です。時代の歴史諸様式に依拠する姿勢から抜けて,自然の諸形象を思わせる有機的なフォルムをもつ,「ガウディらしい」と言われる作品を生み出しました。サグラダ・ファミリア贖罪聖堂,コロニア・グエル地下聖堂,カサ・ミラ,カサ・バトリョ,グエル公園などがそれらです。ガウディは,史的にアール・ヌーボーや近代建築の異端と定位されてきましたが,その措定には収まりきれない,近代の合理主義や

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歴史主義
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歴史主義

(概要) 19世紀のヨーロッパを席巻していく「近代社会」という様態は,社会構造を転換し,学問すらも発達させました。その結果,建築にも変革が求められ,未知の機能や材料に対応することが求められました。建築家はそれを過去の建築様式に典拠を求め,その近代性を問うことにしました。歴史から学ぶ「歴史主義」が造形の秘訣としましたが,様式の伝統を破壊してしまい,近代社会を体現するにふさわしい強・用・美を満たす新しい造形を模索するようになっていきました。「様式」の解体を招いた,近代社会に対する

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エベネザー・ハワード(1850~1928)
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エベネザー・ハワード(1850~1928)

(概要) エベネザー・ハワードは,1950年ロンドンで小売商の息子として生ました。1872年渡米し,ネブラスカ州に開拓民として入植しますが失敗し,以後シカゴで速記者として働きました。1876年イギリスに帰国し,以後も速記者として生計を立てつつ,機械類の発明に携わりました。1898年に「明日―真の改良に至る平和な道」を出版し,1899年に田園都市協会を創立します。そして,1902年には同書にわずかな訂正を加え,「明日の田園都市」と改題して出版するや,田園都市を実現しようという

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コロニアル・スタイル
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コロニアル・スタイル

(概要) 「コロニアル・スタイル」とは、イギリス、スペイン、オランダなど、西ヨーロッパの 列強諸国が支配した植民地各地で形成されていった、独自の建築様式の総称です(コロニアルとは植民地のという意味である)。宗主国の建築様式を基本としながら、現地での母国とは異なる諸々の条件に従って、アレンジが行われた結果、様々な形が生み出されていきました(建築家ら家具まで)。植民地へと移住した人々が、祖国の建築的伝統や住宅様式を土台として、それを借用しながらも、移住先の気候風土、建築材料や建築

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さらっと近代建築史2〜近代の建築・デザイン様式の流れ〜
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さらっと近代建築史2〜近代の建築・デザイン様式の流れ〜

産業革命によって世界の工業スタイルが一新すると同時に、この時期より新たな建築やデザイン、社会の姿を求めて様々な活動や理念、組織が形成されていきました。 仮に、産業革命の起こった19世紀中頃から第二次世界大戦の起こった20世紀中頃までの約100年を「近代」と仮定した上で、西洋におけるそれらの動きを下の年表により見てみます(赤く塗られたところ)。 年表下絵:世界デザイン史 美術出版社年表より ウィリアム・モリスが主導したデザイン運動アーツアンドクラフツ運動を皮切りに様々な活動

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さらっと近代建築史1〜スチールの時代・産業革命以降の建築〜
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さらっと近代建築史1〜スチールの時代・産業革命以降の建築〜

18世紀後半、イギリスで起こった産業革命により、様々な材料の機械生産が可能となっていきます。 その中で、19世紀半ばには、これまで建築材料の主人公となり得なかった鉄・ガラスなどが改良されていくことになります。 一般の小規模な建築に落とし込まれていくまでには時間はかかりますが、この頃に建設された時代を先導したであろう大鋳鉄建築を見ていきます。 世界で初めての鋳鉄橋の完成鋳鉄の製造は1708年イギリスで始まります。 イギリスのコールブルックデールという渓谷を統治していたダービ

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さらっと西洋建築史12〜古代建築を見直すことで生まれた新古典主義建築〜
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さらっと西洋建築史12〜古代建築を見直すことで生まれた新古典主義建築〜

18世紀中頃から19世紀初頭にかけて現れてきた建築的動向を新古典主義と呼びます。 これはバロック時代の古典の自由な解釈や装飾過多な様式の反省として生まれてきたものであり、より、科学的・考古学的な研究によって正確な古代建築を見直す動きに他なりません。 特にパンテオン神殿を始めとするギリシア建築遺構の実測記録が出版されるなどギリシア建築やローマ建築の再発見が促されていきました。 オーダーの再現により生まれた大英博物館ギリシア建築に対する正確な理解が深まるとともに、英国の建築

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さらっと西洋建築史11〜プロパガンダの表現としてのバロック建築〜
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さらっと西洋建築史11〜プロパガンダの表現としてのバロック建築〜

バロックの語源はポルトガル語のBarocco(歪んだ真珠)といわれ、装飾過剰で大仰な建築に対する蔑称でありました。 ルネサンス建築の静的な秩序や均衡を第一としたその姿勢とは対象的となるものでした。 このような建築様式変革は時代的には宗教革命や絶対王政の時期と重なります。 カトリック教会や王政における権威の象徴(プロパガンダ)としての建築のあり方が求められていったのです。 宗教改革、絶対王政に関しては以下に詳しくありましたので興味のある方は、参照ください。

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さらっと西洋建築史10〜古代の再生を目指したルネサンス建築〜
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さらっと西洋建築史10〜古代の再生を目指したルネサンス建築〜

15世紀になるとゴシックに変わり、フィレンチェを中心としてルネサンス建築という新たな建築様式が生まれてくることになります。「ルネサンス」とはフランス語で「再生」を意味します。 当時のフィレンチェでは、富裕な商人たちが次第に政治的な権力を握るようになってきます。それと同時に彼らは芸術家のパトロンとなり、新たな文化の形成に貢献することとなります。 かつて芸術がその頂点を極めた古代の「再生」、オーダー等の意匠構成の復興を図る事で新たな建築様式を作ることに腐心していきます。 そ

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あの傾いたファサードについて
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あの傾いたファサードについて

予想外の議論 先日アップした『目の錯覚…ではありません』という写真記事が、note公式で紹介されたことで、多くの方から反響をいただきました。やっぱり公式で紹介されるってスゴイですね。 で、そんな中に建物が傾いている理由についてコメントを下さった方がいらしたんですが、個人的に納得がいかない説だったので、それについて返信したところ思いがけない議論に発展してしまいました(当該コメントは今では削除されてしまい、私の返信しか残っていません)。そうするうち私も「自分で調べもせずに理屈だけ

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