【エッセイ】素材から考えた建築の進化
はじめに
建築は、人類の歴史とともに進化してきました。古代の石や木の構造から、現代のガラスや鉄、さらには鉄筋コンクリートまで、使用される素材や技術は変わり続けてきました。
その背後には常に「空間」をどのように捉え、どのように生活するかという人々の考え方や価値観が反映されています。
本稿では、建築の素材と技術の進化を軸に、西洋の建築史を振り返りつつ、「空間」の捉えられ方の変遷について個人的に考えたことを纏めてみました。
古典建築の基盤〜石の時代
ギリシャ、ローマに端を発する西洋の古典建築は主に石材で建築されています。石材を用いた当時の技術では、建築は組積造の構法で作るのが安定しており、一般的です。
ところが、パルテノン神殿に代表される代表的な神殿建築は壁ではなく柱梁が中心の架構構造で建築されています。
これは、ギリシア建築が元々は木造架構構造で作っていた建築を、素材のみ石造に置換した結果と解釈できます。
ただし、架構形式がローマに引き継がれることはなく、ローマ建築では石材の本来得意とする組積造が発達しました。
ローマ建築においてはまた、ポン・デュ・ガールにも見られるアーチ構造が発達し、これがヴォールト、ドームの構造へと発展していきます。
ヴォールト、ドームへと発展したアーチは、終にはローマのパンテオンへと結実します。パンテオンのドームは、その断面図に見られるように、分厚い壁構造によって支えられており、巨大なドーム構造を実現するために払われた苦心が伺われます。
近代建築への移行〜鉄の時代
18世紀に入ると鉄を低コストで大量生産することが可能になり、鉄を構造材料として利用した建築が出現するようになります。
鉄は石材に比べて加工性に優れ、細い部材として活用することが可能です。つまり、建築の構造体を細くすることができるようになります。
さらに、ロンドンで開かれた第1回万国博覧会の会場となったクリスタル・パレスが、ガラスを用いた見事なゴシック美を披露したことで、ガラスを建築へ利用する動きも活発になりました。
透明なガラス板の活用により、建築は採光が容易になり、透明感を獲得します。鉄とガラスを利用することで、従来ではありえなかった軽やかさを備えた建築を実現できるようになりました。
現代建築における「造形」と「構造」の分離
近年では、ル・コルビュジエらによって鉄筋コンクリートの建築への利用が始まったことが、建築素材と空間の関係を考える上で大きな転換点となっています。
鉄筋コンクリートが建築へ利用されるようになるになって、建築の「造形」は「構造」からある程度の自由を獲得しました。無秩序な曲面を多用したフランク・O・ゲーリーの代表作であるビルバオ・グッゲンハイム美術館は「造形」が「構造」に先んじている建築の代表例と言えるでしょう。
現代の建築においては、使用可能な建築材料の選択肢は豊富で、木材、石材、セメント系材料など多岐にわたります。その中には、長い間使用され続けてきた伝統的な材料もあります。
しかし、技術の進化とともに「造形」が「構造」から解放されるようになり、より効率的で軽量な構造が採用されるようになってきました。現代ではパンテオンのようなドーム構造を実現するために厚い支えは必要ありません。
埼玉スタジアム2002の曲面立体トラス構造や、東京ドームのように空気の圧力で支えられた膜素材、ドイツの国会議事堂ライヒスタークの屋上ドームのような新しい構造体は、現代の技術の進化を示す良い例です。
構造体の軽量化と内部空間の拡大
構造体の部材が細くなると、建築の内部空間は自然に拡大します。さらにより強度の高い素材を使用することで、必要な構造部材の本数を減らすことができ、これも空間を広げる要因となります。
現代建築にしか見られない超高層や超大空間の建築は、こうした建築素材の進化によって建築できるようになったものです。
構造体の軽量化と内部空間の拡大は、建築の内部と外部の間の距離を物理的に縮小することに繋がります。近現代以前の建築が重厚な存在感を醸しているのは、建築内外の空間が明確に隔てられていたからではないでしょうか。現代の建築は、建築内外の空間が物理的に接近した結果、透明感や周辺環境との調和が重視される傾向があるように思われます。
建築の質感・空気感の探求
現代では素材の多様化・技術的な躍進によって、そもそも実現可能な造形が増えたことに留まらず、さらにある造形を実現するために取ることの出来るアプローチの種類も格段に多くなりました。
その結果、建築の「造形」と「質感・空気感」を別々にコントロールできるようになっています。こうした「質感・空気感」のコントロールは、建築の透明感や周辺環境との調和を実現するために非常に重要です。
エジプトのカルナック神殿は、他柱室と中庭の空間の密度差を駆使して宗教的な高揚を演出していますが、こうした宗教的「質感・空気感」は石材を用いた「造形」によって生み出されており、その意味で「造形」と「質感・空気感」は表裏一体の関係にあります。
一方、現代建築は「質感・空気感」と「造形」が分離するような傾向にあるように思われます。
建築の「質感・空気感」と「造形」の分離について、建築の「質感・空気感」を追求している現役の建築家ユニットHerzog & de Meuron(以下、「H & deM」)の設計した建築を例に考えてみます。
H & deMの作品としては、プラダ・ブティック青山店、北京国家体育場(2022年北京オリンピックのメインスタジアム、通称:鳥の巣)が有名です。他にも代表的な建築としてラバン・ダンス・センターやシグナルボックス、アリアンツ・アレーナ等が挙げられます。
H & deMのデザインに共通しているのは、いずれもサーフェスが際立って特徴的であることです。H & deMの建築は均一な、しかし日常から少し浮いた質感を持ったサーフェスに包まれており、明確に建築の内外を区切っているように感じられます。
しかし、この建築の内外の断絶はユークリッド的な距離によるものではありません。現代において建築の内外が物理的に接近しているのは先述の通りです。
建築のサーフェスとは、人の視線が建築を捉える際に最初に認識されるものです。H & deMはサーフェスの素材を工夫することで、人の視線をサーフェス上に留め、建築の内外がはっきりと分断されているように感じさせています。
このように現代では豊富な建築素材の組み合わせ・操作によって、建築の内外の距離感は物理的にも、感覚的にも自由に操作出来るようになってきているのです。
H & deMに限らず、SANAAやザハ・ハディドなど最近のいわゆるスター建築家の建築を見るに、建築の内外は物理的距離においてはどんどん接近し、感覚的にはどんどん距離を開けているように思います。確かな存在感を持った薄い膜が、空間を切り取っているようなイメージを連想します。
最後に〜建築の原点回帰
現代建築は技術と素材の進化により、造形と構造の分離、そして建築の質感・空気感の自由な操作を可能にしました。
建築理論家ロージエは 『建築試論』の中で、建築の原点として「原始の小屋」を示しています。単純な木の柱梁で空間を区切られただけの「原始の小屋」ですが、建築は周辺環境と完全に調和している一方で、内外の空間を明確に隔てています。
私は、建築の原点として提示されたこの「原始の小屋」こそが、これからの建築が向かう先であるようにも想像してしまうのです。
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