見出し画像

重力を肯定するか、否定するか。ロマネスク様式の大聖堂とゴシック様式の大聖堂

前回私は、「ゴシック式大聖堂の徹底的に重力を否定する心意気にフェティッシュを感じる」と書きました。

ではその「重力を否定する」とはどういうことか。
それをよりはっきりさせるために、今回は「肯定派」の心意気で造られた建築様式と比較してみたいと思います。

私にとって「重力肯定派」の建築物といえば、ロマネスク様式の大聖堂です。
このロマネスクの大聖堂の特徴をざっくり言うと、

壁が厚い、アーチが半円形、窓が小さい、建物の高さが低い

ということがあげられます。

ロマネスク様式の最大級の聖堂、シュパイアー大聖堂。

ロマネスク様式が流行していた10世紀末から12世紀頃はまだ技術力が発達していなかったこともあり、大聖堂という大きな建物を支えるためには分厚い壁を造ることで対処するしかありませんでした。
そして折角の壁の力を削ぐようなことは避けなければならないため、窓は大きくすることはできず、小さく造ります。
しかし分厚い壁で建物を造れば、当然建物の重さは相当なものとなります。
ですから高く聳え立つような建物を造ることはできず、自然と高さは低いものとなりました。

窓は建物の大きさに対して小さめ
半円形のアーチの部分を下から覗くと、壁のぶ厚さが想像できる
シュパイアー大聖堂の内部。
天井部分もロマネスク建築に特徴的な半円形のアーチが見える。

こういったロマネスク大聖堂の特徴を見てみると、重力に対抗する術を知らず、重力に対してただ単純に、力で抵抗しているかのような印象を受けます。
つまりこの様式は、重力に支配されているのです。
その「力 vs 力」の世俗的な勝負を肯定的に受け入れ、「どうだ!重力には負けないぞ!」とばかりに見せつけて、堂々と誇らしげに建っているようにも見えます。
けれども、この「力に対して力で対抗」という素直さはとても素朴で好ましいですが、私からすると少しマッチョすぎて、フェティッシュを感じるまでには至りません。

それに対して「重力否定派」であるゴシック大聖堂では、ロマネスク様式よりも後に起こった様式であることもあり、進んだ技術力を用いて、重力という私たち人類には逃れ難い鎖を断ち切るかのような演出が可能になりました。

ゴシック建築の特徴は、

壁が薄い、窓が大きい、建物の高さが高い

ということがあげられます。

そして、その特徴を実現しながらも、同時に視覚的にも天を意識せざるを得なくなる効果を生み出した、ゴシック建築ならではの技術もあります。
それは、

・リブ・ヴォールト
・尖塔アーチ
・フライング・バットレス

というもの。

リブ・ヴォールトは、大聖堂の内部で下から上へと視線を引っ張る筋のようなもの。
これは実は単なる視覚的効果を狙った装飾ではなく、アーチをクロスさせることによって、建物の重みをそれぞれの方向に逃す役割があるのです。

ゴシック建築の天井。
シュパイアー大聖堂との違いを感じさせる。

さらにこれに加えて、建物の外にある、まるで蜘蛛の足にも見えるフライング・バットレスは、リブ・ヴォールトにかかった重さを受け止めます。

パリ・ノートルダム大聖堂のフライング・バットレス
Jean Lemoine from Béthisy-Saint-Martin, France, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

このような技術を使うことで薄い壁でも建物の重みを支えることができるようになり、そして薄い壁になることで建物の重量を抑えることができるようになったため、大聖堂は天を目指すかのように高く造られるようになっていきます。
そしてその高くなった建物の天井に向かって祈りの歌が舞い上がり、天の神様に向かって響かせることができるようになったのです。

視覚的に上を意識するきっかけを作るもう一つの技術は、尖塔アーチです。
ロマネスク建築ではアーチ部分は半円形ですが、ゴシック建築では半円の先が尖っています。

ロマネスク建築のアーチ
ゴシック建築の尖塔アーチ

先が尖っているのも、単なるデザインのためではありません。
ロマネスク型の半円形の場合、真ん中に重さがかかって崩れてしまうことがありますが、先を尖らせることによって重さを左右に分断できるのです。

これらの進んだ技術によってゆとりのできた建築物は、窓も大きく取ることができるようになり、光の効果を取り入れて神々しく演出することも可能となりました。

ゴシックの大聖堂は、これらのような天を目指す仕掛けの数々と、そもそも大聖堂自体がロマネスク様式の頃と比べると格段に軽く見えるようになったために、重力から自由でいるように見えるのです。
神を崇めるという目的で造られた建物として考えるならば、実に行き届いた演出の域にたどり着いたと思います。

このように、技術力と世界観とが上手く絡み合って一つの宇宙を創り出しているということは、すごいことではないでしょうか。

そしてこの徹底した重力否定からは、「地上=人間的なもの」を離れて「天=神」に近づこうとする強烈な意志を感じ、私はその世界観の徹底ぶりに震えが来てしまうのです(もちろん良い意味で)。

転載禁止 ©2024年 Nanako Mashiro
引用する場合はリンクを貼り、このページに飛ぶようにしてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?