第一巻 第七章 壬申の乱

〇大海人王子(三十八歳)
N「天智天皇七(六六八)年、中大兄王子が天智天皇として即位すると、弟の大海人王子は東宮(皇太弟)として、その政治を補佐した」
〇近江宮の一角
大海人と天智(四十三歳)が会話している。
天智「かつて我が国は、唐の圧倒的な国力に敗れた。これからは唐に学び、強大な国家を作って行くのだ!」
大海人「兄上、私も微力を尽くしてお手伝い申し上げます」

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悪女とされている人物が意外とそうでなかったりする理由

歴史上、悪女とされる人物については最初はその個性の強さから言って確かに…と思ったりしました。しかし、弁解の余地がない部分もありますが、必要以上に叩かれているところもある。今回は性別関係なく、私自身の主観でもって”修正”を試みたいと思います。

 まず、直近では中国の西太后。彼女は落ちぶれた貴族の娘からのし上がっていった人物ですが、前に触れた劉邦の正妻・呂氏に比べたらそんなにひどいことしてませんね。

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玄宗皇帝 書籍案内(再録)

潮出版社刊連載小説
「玄宗皇帝」きりえ原画展2●2019/2/10/〜19東京交通会館B1ギャラリー玻瑠にて展示
2019/5に発売開始。原作は塚本靑史先生

「りーとんの歴史小話」則天武后をもっと知り、歴史から現代にも通ずるマネジメント力を解説しています。解説の元になっているメルマガの本文は以下URLから。
0024【則天武后】https://note.mu/1minute_history/n/nea052255a6d0

歴史小話増刊号002【則天武后は自分の娘を殺したのか】

1日1分歴史小話#0024で取り上げた則天武后は、皇后位を得て権力を握るために自分の娘を殺したとされている。

しかし、筆者はこの話に疑問を感じている。

殺したとされる娘は李治にとっても、則天武后との間に生まれた初めての女の子だった。最愛の女性との間に長男・次男に恵まれ、さらに娘まで授かった。

男親として、これ以上の幸せがあるだろうか。

だからこそ、王皇后が殺害したと考えた李治は怒り、重臣た

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#0024【則天武后(中国、7C後半-8C初)】

こんばんは! 1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。

女性特集の最後は、中国史上「唯一」女性で皇帝に即位した則天武后(そくてんぶこう)です。

皇帝に即位していた事実を隠す意図もあり、則天武「后」と呼ばれていますが、690年から705年の15年間、皇帝として君臨しました。皇帝に即位した事実を重視して、武則天(ぶそくてん)と呼ばれることもあります。

彼女は則天文字と呼ばれる独自の漢字を数

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〜則天武后〜 歴史の裏側

何時だって、人は「表面」で見た事で物事を判断して行く。

次第にそれが一人に広がり、また一人に広がり「当たり前」になっていく。

歴史などに例えてみても、そう感じる。

有名なところで言うと中国の長い歴史の中で唯一の『女帝』として知られている武則天(日本では則天武后と呼ばれる)など。

「独裁的政治をしていた冷酷非情な女帝」

と語られているものが多いのですが、女帝として上り詰めるまでの

「見え

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