ラモーンズ

(連載43)音楽のテクニックなしでバンドをはじめた:ロサンゼルス在住アーティストの回顧録:2004年-2005年
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(連載43)音楽のテクニックなしでバンドをはじめた:ロサンゼルス在住アーティストの回顧録:2004年-2005年

前回からの続きであります。 1999年から「セックス・ロバ」という名前のバンドで、ライブを100回以上やったんですよ。。。。。。。 なのに音楽ができない? え? どういうこと?ですよね? なんか、、、これが自分の、、、中で、負い目になっていったんです。 人に「アタシ、バンドやってんだ〜」って言って、「へえ!担当は?」ってきかれて 「踊りとヌンチャク!!」。。て。。。苦笑 今、考えるとですよ。それはそれで、堂々としてたらいいのに。。。。。。なんだか、当時は、そんな

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Ramones - I Wanna Be Sedated (Official Music Video)

Ramones - I Wanna Be Sedated (Official Music Video)

これもMVあった

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Ramones「Leave Home」(1977年発売) を全曲聴いてみた

Ramones「Leave Home」(1977年発売) を全曲聴いてみた

70年〜90年代に活躍したアメリカのパンクロックバンド、ラモーンズの2ndアルバム「Leave Home」を聴いた感想などを書いていきたいと思います。 どうして1stアルバムから書かないのかというと、既に詳しくレビューされている方が多くいらっしゃるからです! ※メンバーの紹介などはWikipediaを見ていただいたほうが早いので省略させていただきます。また、一部の情報も英語版Wikipediaを参考にしています※ 曲だけ聴きたい方はまとめがあったのでこちらからどうぞ!全

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好きなVocalist10人あげるとその人の世界がわかる

好きなVocalist10人あげるとその人の世界がわかる

Joey Ramone (Ramones) Morrissey (The Smiths) Lawrence (Felt / Denim / Go-Kart Mozart) Edwin Collins (Orange Juice) Mark . E. Smith (The Fall) Rob Halford (Judas Priest) Klaus Meine (Scorpions) Udo Dirkschneider (Accept / U.D.O.) 平沢進

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一人雑談・思い出に残るライブのことなど(その2)

一人雑談・思い出に残るライブのことなど(その2)

さて、印象に残っているライブの第2位は、中野サンプラザで観たキンクス。 キンクスの日本公演は1982年、1993年、1995年の3回。 1982年のは行っていない。 だから、この中野サンプラザで観たのは1993年か1995年なんだけど、どっちだったか思い出せない。 短い間隔で来日して、どちらも観に行ったのでごっちゃになっている。 どっちも良いライブだった。 五反田のゆうぽうとホール、新宿厚生年金会館、そして中野サンプラザで観た。 中野サンプラザのはたしか追加公演だったと思う。

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【間に合つた男】

【間に合つた男】

クリストファー・ジョセフ・ウォード で、C.Jay ラモーン一家の文字通り末つ子 NY出身であるのは元より、 ちやんとクイーンズが地元- 近所のあんちやん、な譯。 海兵隊にゐたと云ふのは ジョニーの趣味には合つてゐるだらう でオーディションに合格 二代目のベーシスト、歌も唄ふ…自分のバンド を持つてゐた 盤もある 「ロス・グサーノス」 アメリカ先住民の血を引いてゐる-タトゥー多数- ジョーイはそこ、好感あつたかも… これが彼の 経歴の詩である。 C.Jay Ramone、今年

234: Ramones / Do You Remember Rock 'n' Roll Radio?
再生

234: Ramones / Do You Remember Rock 'n' Roll Radio?

「ドゥ・ユー」つながりで、ラモーンズのこの曲をチョイス。 1980年リリースの5thアルバム『エンド・オブ・ザ・センチュリー』に収録されたこの曲、それまでの「ギター、ベース、ドラムス&ヴォーカル」という典型的なバンド・スタイルからガラッと変わって、ピアノやシンセサイザー、そしてホーン・セクションのサウンドが、これでもかと凝縮されています。 変化の理由は、ズバリ、フィル・スペクターがプロデュースしているから。 彼のトレードマークでもあった「ウォール・オブ・サウンド」と、ラモーンズのストレートなパンクロック・サウンドの融合は、新しいファンにも支持され、アルバムはUS44位/UK14位と、彼らの作品中、最高の順位となっています。 それはそうと、このMVを見ていて思ったのは、TVの映りが悪い時、「叩いて直す」という方法は、万国共通なんだなぁ~、ということ。 物心ついた時にはすでにデジタル放送だった若い人には、何の話かさっぱり分からないのかも知れませんが... 遠くなりゆく昭和に乾杯!

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Do you remember  rock'n roll radio?

Do you remember rock'n roll radio?

死ぬときにとっても嫌いなやつから、今まで後悔してたなんて言われたいのかな?でもこんな疑問が残るなんてことは色々あったんだし、それよりも俺たちは「ラモーン」の姓を持っていたんだ。 音楽番組をちょっとつけてご覧よ。みんな気取ったセリフを囁いている。ギターをポロロんと鳴らす自分に酔っているのかな?ステージの上で笑うなよ!何がおかしいんだ?観客と一体になりたいだって?ふざけるなよ!とにかくお前がやってるのはロックンロールじゃないからな。 あれは70年代の最後だったか、0年代の最後

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激ギレ反省会

激ギレ反省会

ラモーンズの激情ならぬ サルバドール・ヱビの激情である。 事件発生である。 激ギレしてしまったのだ。 生放送であったら直ちにYouTubeに アプッロードされ「キレる人々」として 永久にアーカイブされてしまっただろう。 ある経営者の方に対して ブチギレてしまった。 オンラインで。 言ってることとやってることが 言動不一致でチガくねーか?と思い 日を追うごとにボルテージが高まり 沸点に達してコノヤロー!と 激ギレしてしまった。 こんなにキレたことねーぞ!と吠えたが 思い出してみ

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90年代の日本ロックシーンを辿る旅ver.3 / パンク〜メロコア / The Blue Hearts、Hi-Standard、、、

90年代の日本ロックシーンを辿る旅ver.3 / パンク〜メロコア / The Blue Hearts、Hi-Standard、、、

90年代の日本のロックシーンを辿る旅、3回目はパンクロック〜メロコアです。あまり精通していないジャンルなので、さらっと。 その前に、70年代末に遡ってみます。そのとき歴史が動いたとばかりに、新しい音楽のジャンルが誕生していました。 70年代末、英国のパンクというムーブメントこのあたりは過去記事にまとめています。 このパンクという音楽が流行ったのは、ロックが大衆化した事へのアンチテーゼだったのかもしれません。 ただ、冷静に考えてみると、パンクスタイルは単純でわかりやすい

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