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コミットは誰に向けてするものか

いつの間にか会議の場面などで普通に使われるようになった言葉に「コミットする」というものがあります。

有名なプライベートジムの「結果にコミットする」というキャッチコピーで定着した感もあります。

コミットは動詞で、名詞だとコミットメント。
英語では、委託や関与や参加、公約・約束・言質、また責任といった意味合いを持つ言葉です。

仕事においては、業務や業績目標に対して「責任を持った確約」その言質を取ることというニュアンスでしょうか。

個人的には、「ここで決めたことをやり切ると宣言する」というような意味だと解釈しています。

ところが、会議などで宣言した約束を守れない人がいます。

例えばですが、「新規のご依頼を何件いただく」というような目標だと、外部要因もありますから本当にご依頼いただけるかどうかは先方次第とも言えます。

私たちが仕事をいただく流れとしましては、
① 営業する
② ご相談案件をいただく
③ そこから新規ご依頼につなげていく
ということになりますが、唯一外部要因関係なく、コミットしたとおりに達成可能なのが①の営業回数です。

会議で皆の前で、「今月は100回営業します」と宣言しておいて、蓋を開けてみると「すみません、95回しか行けませんでした」と言い訳をする人がいます。

こういった行動を積み重ねていくことで、自分自身の在り方を下げていくというか、自分自身へのあきらめを深めていくというか、その人の生き様に悪い習慣が付いていくような気がしてなりません。

あと5回であれば何とかできたのではないのかなと思ってしまいますし、何よりも残念なのが、「自分で決めて宣言したことを守らなかった」という事実です。

コミットとは、その会議の場にいる誰かに強要されたものではなく自らが決めて、周囲の人たちへではなく自らへ宣言したものです。

自分自身との約束を守れない人は、他者との約束も平気で破る人間になります。

ちょうど現在、政見放送などを観ていると、候補者たちが「約束します」「必ず実現させます」と声高々に宣言しています。

当選後にこれらが行動に反映されないのであれば、そこにコミットする価値は皆無です。

「できないのではないのだな、やらなかったのだな」

コミットを安売りして、やり切らない悪習を身につけている人は、上記の言葉を脳裏に刻んでおくといいと思います。

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