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Peninsula

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半島には、高台と海、緑と街に人びと。
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出会ってしまった

出会ってしまった

出会ってしまった、男性ブランコに。

わたしはお笑いに詳しくないけれど、でもこれだけはわかる、男性ブランコに落ちた多くの人たちが通ってきたであろう「あぁ、出会ってしまった。」と思うこの気持ち。

「出会ってしまった」のと「初めての出会い」はちょっとことなる。

初めての出会いは季節を少し遡って、いつかの夏の寄席だと思う。むせ返るような灼熱の太陽の下、自転車で劇場に行っては寄席を観ていた。

日常の

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砂漠みたいな

東京の真ん中で何者でもない私はひとり、砂漠の砂に足を取られるような生活をしていた。足掻いても足掻いても一向に景色の変わらない渇いた砂漠を、空っぽの心と身体で。

ある冬の夜、富ヶ谷から新宿方面へ山手通りを歩きながら、ふと立ち並ぶマンションに目が行った。一つ一つの窓から光が溢れるいつもの風景。でもその日はなぜか、一部屋ごとにある、人びとの暮らしに思いが向かった。交差点を過ぎ山手通りから左手に路地を入

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はじまり

はじまり

年末年始は久しぶりに家族との時間が多くあった。昨年から頻繁に出入りしている、叔母のアトリエの掃除をしたりして。窓を拭くと光の入り方が変わって気持ちがいいなと思う。

2022年は大きな意識の変化があった。私を構成する外側の部分は何も変わっていないので誰に気がつかれることはない、でも自分にとっては、もう20年分くらいの努力が実ったような気持ちだ。

年が明けて、遅ればせながら新海誠監督映画「すずめの

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ただ、そうする

ただ、そうする

自宅のリフォームで家を空ける必要があって、数ヶ月間ほど、友人宅でお世話になっていた時のこと。

ただいまー!と玄関を開けると、いつもご飯を作ってくれていて、その日の友人の仕事の話などを聞きながら、一緒に食べた。あたたかいお布団も設えてくれてあり、おやすみ、と言ってスイッチを切ったようにパタっと眠る。朝は美味しそうなコーヒーの香りで目が覚める。カップになみなみと淹れてくれたコーヒーを飲みながら、大き

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書くこと

書くこと

文章を書いて反応を得た一番最初の記憶は、小学生の時に国語の教科書に載っていた「赤い実はじけた」の感想文を、転校したばかりのクラスで発表した時のこと。授業で手を上げて発表するような子供ではなかったから、先生に読んでみて、と言われてすごく緊張しながら読み上げた記憶がある。何を書いたのか内容は忘れてしまったけれど、初恋の物語に対する素直に書いた感想をクラスで発表することがとても恥ずかしくて、その恥ずかし

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まなざし

まなざし

芸人さんの素晴らしさは
もう語り尽くされているとは思うのだけど。

たとえば即興でコントをするとき。

お題が舞台上で渡されて、
即座にストーリーを作り展開していく。
創作と演じることの瞬発力。
脚本、演技、演出、すべてを瞬間的に
その身をもって具現化して、客席を巻き込み
密度の濃い数分間を支配する。

劇場でその真剣な眼差しと
ヒリヒリした臨場感を味わうと、
笑いへの真摯な姿勢、
魂を注ぐ姿に慄

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音

渋谷の街にはいつでもたくさんの人。みんなそれぞれの世界を生きながら、スタスタと歩いている。携帯の画面の中、イヤフォンの音楽の中、今後の予定の中、足早に。

駅の構内にいると、人の多さに立ちすくんでしまうことがある。圧倒されて、行き交う人たちの中で苦しくて泣き叫びそうになる。膜に覆われていて、どこか時空が歪んでいるようで、音はずっと遠くに聞こえる。視界にはこんなにもたくさんの人がいるのに、喧騒は遠く

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電車で30分

電車で30分

地元が横浜の私には、少し複雑だけれど、東京に憧れるその決意と情熱への憧れというものがあった。東京への憧れではなく、夢を追って地方から上京するというその心に。

地元の最寄駅から30分も電車に乗れば東京だったから、用事があれば日常的に行くすぐそこにある場所であって、私にとっては何かを叶える為に決意を持って向かうところではなかった。

20代のしばらくを海や山の近くに住んだり、海外にいたりして、また地

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熱帯夜

熱帯夜

本、音楽、ラジオ、近所のbar、友人が淹れてくれるコーヒー。一人でどうしようもなく憂鬱になっている時、私が憂鬱でいることを許し優しくそばに寄り添ってくれる存在。最近はとくに、人と話すまでに時間が欲しいと思うような苦しい出来事があり、一人部屋で静かに楽しめる、ラジオと本に救われている。

誰かの優しい話し声が部屋にあると落ち着くから、ラジオをずっと流している。ラジオを流しながら、おしゃべりの煩い脳を

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街

私は、いま住んでいる街が大好きだ。いつものコーヒースタンドや緑豊かな公園。早朝の神社参り、赤いランプが散りばめられた夜空、活気のある街の息づかい、会いたい人への距離。ぜんぶが愛おしい。そして、様々な人生が行き交い、受け入れ、見送っていく、という街としての度量が日本の中ではダントツにある。多様な人々の儚き出会いと別れが繰り返されるこの街の、血液みたいに絶えず循環する人との距離感が、私の肌にはとても合

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細胞

細胞

細胞の集合体である私たち人間は、生物として生きることも忘れてはいけない。先日、「融合や分裂を繰り返して毎秒形を変えるのが細胞であり、細胞に変化への恐れという概念は備わっていない」と改めて聞いて、ハッとした。なんと潔いこと!

人間には知性や思考、感情があって、"変化する"という行動を起こすまでにどうしても時間的距離が生ずる。もちろん恐れは生命維持を担う大切な感情であることは間違いないのだけれど、い

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現在地

現在地

10年以上前に書いたブログ記事を発掘した。その頃から、言ってることの本質的なところは全く変わってない。書く頻度が高かったのと、もっと”情報”を伝えていたから、描写が詳細で文章が上手に書けていて感心した。昔の自分に励まされる言葉もいくつかあったけれど、過去の私は総じて「強くなりたい...!!」と思っていたようで、何度も書き記されていた。自立した立派な女性になりたかったんだなぁというのが見えて、もう十

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ピーナツバターをせがむ

ピーナツバターをせがむ

秋のはじまり。

昼間の公園を歩いていると、落ち葉が風に舞っていたり、セミがまだ鳴いていたり、金木犀の芳しい香りがしたり。楽しそうに子供の自転車の練習をしている家族もいて。ぜんぶの光景が目に美しく映って感動してしまう。澄んだ秋の空気と光がさらにそうさせる。

スクリーンに映る映画みたい。

そう、映画みたいなのだ。いつでもそんな風に、現実をすこし離れたところから眺めるように生きている感じがする。人

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暮らし

暮らし

機能的でミニマルな生活をしていた。必要なものだけを揃えて。

いつでもどこかへ行きたくて、直ぐにでも飛び立てるように身軽でいたい気持ちもあった。家具もほとんど持っていなくて(本だけは雑多に積み重なっている)、遊びにくる友達も色味のないシンプルすぎる部屋に驚いていた。

それが去年の春から一日のほとんどを自宅で過ごす生活が始まって、私の部屋もずいぶんと豊かになった。ガラス天板のサイドテーブルにはフレ

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