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ピーナツバターをせがむ

秋のはじまり。

昼間の公園を歩いていると、落ち葉が風に舞っていたり、セミがまだ鳴いていたり、金木犀の芳しい香りがしたり。楽しそうに子供の自転車の練習をしている家族もいて。ぜんぶの光景が目に美しく映って感動してしまう。澄んだ秋の空気と光がさらにそうさせる。

スクリーンに映る映画みたい。

そう、映画みたいなのだ。いつでもそんな風に、現実をすこし離れたところから眺めるように生きている感じがする。人々の営みを垣間見ると、どれが現実なのだろう?とふと分からなくなることがある。スクリーンを隔てて次元がずれているような。

客席からスクリーンを観ているみたいに生きるのは、時にすごく寂しい。いつまで経っても社会に実感を伴って参加している感じがなくて、どこにいても居場所は合っているかな?と確認している。人としてちゃんと社会に馴染んでいるかな?と考えたりして、ピーナツバターをせがむジョーみたいだ。

できないことばかりの毎日は生きているだけで冒険で、興味が湧き出てくるから色んなことを体験してみるのだけれど。テキパキと仕事や家事をこなす人を見るとすごく感心するし、大人みたいに振る舞うのはもう本当に精一杯で、毎日結構がんばっている。

でも、たまにふと同じような感覚を持ち合わせている人に出会うと、言葉を飛び越えて理解し合える瞬間がある。すごく嬉しくて、ずっと会いたかった!という再会のような気持ちで。その奇跡みたいな喜びを経験できるように、いろんなことに興味を持って、感動しやすい設計になってる私なのかもしれない。

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