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信州読書会に提出した読書感想文を掲載

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信州読書会によるYouTubeLive&ツイキャス読書会に提出した読書感想文を掲載しています。
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2021年1月の記事一覧

ドストエフスキー著『罪と罰』下巻 読書感想文

ドストエフスキー著『罪と罰』下巻 読書感想文

(引用始め)

ラズミーヒンは生涯この瞬間を忘れなかった。ぎらぎら燃えたひたむきなラスコーリニコフの視線が、刻一刻鋭さをまし、彼の心と意識につきささってくるようだった。ふいにラズミーヒンはギクッとした。(中略)ある考えが、暗示のように、すべりぬけた。おそろしい、醜悪なあるもの、そして二人はとっさにそれをさとった…ラズミーヒンは死人のように真っ青になった。

(引用終わり)p.67

壊れていくラス

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ドストエフスキー著『罪と罰』上巻 読書感想文

ドストエフスキー著『罪と罰』上巻 読書感想文

引用始め

「話はゆっくりしましょうよ!」
そう言うと、彼は急にどぎまぎして、真っ青になった。またしてもさっきの恐ろしい触感が死のような冷たさで彼の心を通りぬけたのだ。またしても彼はおそろしいほどはっきりとさとったのだ、いま彼がおそろしい嘘を言ったことを、そして今となってはゆっくり話をする機会などは永久に来ないばかりか、もうこれ以上どんなことも、誰ともぜったいに語りあうことができないことを。(p.

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三島由紀夫著『金閣寺』読書感想文

三島由紀夫著『金閣寺』読書感想文

金閣寺を燃やす、という使命に取り憑かれた男の自意識が三島由紀夫という作家によって、過剰な程美的に、かつ技巧的に描かれている。その格調高い美意識によって、金閣寺を燃やすという愚行が、まるで高尚な芸術的行為に昇華された様に錯覚されるが、彼が語る哲学も美学も、私には眩しすぎる程に若々しい戯言にしか思えなかった。

確かに若い頃はその自意識に酔っ払い、振り回され、自分とは程遠い存在に憧れ、それに同化する思

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D.H.ローレンス著『チャタレイ夫人の恋人』読書感想文

D.H.ローレンス著『チャタレイ夫人の恋人』読書感想文

工業化によって汚染された風景とそれに群がる醜い人間の有様、そして自然と人間のエロティシズムが持つ神秘性との対比が強く印象に残った作品だった。

かつてヨーロッパ全土は今では考えられないほど深い森に覆われた土地だったと聞く。しかし工業化が進むにつれてそれらは破壊され、人間の魂さえも奪っていった。コニーはそんな世の中の流れと炭鉱事業を牛耳る低俗な夫に嫌気が刺し、誘われるように森へと足を運ぶようになる。

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ディケンズ著『クリスマス・キャロル』読書感想文

ディケンズ著『クリスマス・キャロル』読書感想文

歳を重ねるにつれクリスマスを楽しむこともなくなった。クリスマスなど金にならないから無用だと豪語するスクルージに自分を重ねた、とまでは言わないが、それは単に私も彼と同様にクリスマスを楽しむ事のできる想像力を持ち合わせていないからだろう。

第一の幽霊はスクルージを過去へと連れて行く。そして故郷の風景、若き日の自分自身
を目の当たりにする彼の姿に、私自身を重ねた。ケチで冷酷なスクルージになる以前の彼が

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森鴎外著『鶏』読書感想文

森鴎外著『鶏』読書感想文

東京から小倉へと着任した主人公の石田と、彼を取り巻く人々との日常的なやり取りの中で、近代化の真っ只中であった当時の日本における都会で暮らす人間と田舎で暮らす人間との対比がユーモラスに描かれている。

石田は体の洗い方から使う石鹸にいたるまで、日常生活にあらゆる規律を持っている。そんな石田の行動を、小倉の人々は口を揃えて乃木希典を引き合いに出し、ケチだの馬鹿だのと彼を罵る。鳥を生かすことを選んだ石田

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ドストエフスキー著『地下室の手記』読書感想文

ドストエフスキー著『地下室の手記』読書感想文

《美にして崇高なるもの》を追い求め続けた男は、それがこうじて屈辱感を快楽として味わうようになる。物語前半部で語られる、彼が快楽を得る為になされる様々な奇行や妄想は、笑えるが、笑えない。自身を保つ為に行われるそれらは、決して私にとって他人事ではなかった。

彼が披露する思想、哲学は確かに高尚だ。
だが、彼が追い求める《美にして崇高なるもの》とは、彼にとっては実生活からの逃げ道であり、思想は彼を孤独に

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川端康成著『雪国』読書感想文

川端康成著『雪国』読書感想文

冒頭から、ガラス越しの風景に重なる葉子の姿の描写が印象的だ。終盤の激しい情景とは打って変わって、このシーンは謎めいた葉子の妖しい魅力が美しく静謐に描かれている。

(引用始め)

島村は彼女のうちになにか澄んだ冷たさを新しく見つけて、鏡の曇って来るのを拭おうともしなかった。

(引用終わり)p.12

旅の途中、ガラス越しに写る葉子に不思議な魅力を感じる島村。この時の島村はまだ知らない。葉子が胸に

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ゴーゴリ著『外套』読書感想文

ゴーゴリ著『外套』読書感想文

職場では蔑まれ、字を写す事にのみ生きがいを感じるハゲた痔持ちのチビの中年男。身なりも一切気にしてこなかったそんなみすぼらしい彼が、ついに外套を新調するという一大決心をする。生活を改め、節制を始める姿が愛くるしく映った。念願の外套に袖を通す彼の姿に思わず頬が緩んだ。

しかしそんな彼を眺めている間、私はずっと心の中で思っていた。
「この外套なくなるんやろなあ…」と。
案の定外套は奪われたがその後があ

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太宰治著『女生徒』読書感想文

太宰治著『女生徒』読書感想文

子供から大人へ、少女から女性へ、おそらく精神的にも身体的にも人間が最も変化を余儀なくされるであろう一時代、"思春期"を迎える少女の姿を『女生徒』は、生々しく、かつ繊細に描いている。思春期を終え十数年経ち、当時の思いや記憶などほとんど思い出さなくなってしまった私にとって、この少女の姿は懐かしく、過去の自分を見ているようでなんだか小恥ずかしかった。

"若さ"というものが世間では至上の価値の様に扱われ

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色川武大著『うらおもて人生録』読書感想文

色川武大著『うらおもて人生録』読書感想文

非行少年から博打打ちとなった男の語り口は、この上なく穏やかで、人間への愛に満ち溢れていた。しかし、そこは雀聖と呼ばれた男、穏やかな言葉のそれぞれには、一見分かりやすいながらも、非常に論理的で、時には勝負師らしい冷酷な一面も垣間見えた。

様々なセオリーが語られるが、そのどれもが、著者自身の勝負師としての経験から生まれてきた、血の通った生きた言葉である事を感じた。

私自身のこれまでの人生と、これか

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フランツ・カフカ著『変身』読書感想文

フランツ・カフカ著『変身』読書感想文

朝起きると虫になっている。古典中の古典と呼ばれながら、その内容はけったいな話だ。しかも当の本人はこれだけ奇怪な変身をしておきながら、妙に冷静である。私はこれまで虫に感情移入をしたことがないので、壁にへばりつくことに快感を覚えたり、腐った食事を貪る描写は、彼が人間の意識を残しているが故に気味が悪かった。部屋にやってくる家族を物陰からこっそり伺う毒虫を想像すると、読書中、部屋の片隅が気になって仕方がな

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吉行淳之介著『原色の街』読書感想文

吉行淳之介著『原色の街』読書感想文

人は皆、見たいものしか見ていない。それは、人間に対しても同じだ。つい個人的な理想や美を、他人に投影してしまう。人間を人間として見ることは、たとえそれが自分自身であったとしても、難しい。それは娼婦であろうがカタギであろうが同じだ。

あけみを不幸にしているのは、自分自身を見つめようとしない、他ならぬあけみ自身でもある。そして、彼女を取り巻く男達もまた、あけみを見ていない。元木は娼婦であるあけみに理想

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ジョージ・オーウェル著『動物農場』読書感想文

ジョージ・オーウェル著『動物農場』読書感想文

ファシズムというおぞましく得体の知れないものを、ユーモラスに、かつグロテスクに描いたこの動物農場は私にとってとても馴染み深く身近な物語だった。

動物達が祝砲や行進や旗のひらめきが大好きな様に、我々人間も大きな運動会が大好きだ。
大きな運動会が延期になったとはいえ、動物達の様にそれらに夢中でいつの間にか七戒が改竄されていた、いうことのない様に我々人間も彼らの失敗から学ばなければいけないよねー、と思

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