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ゴーゴリ著『外套』読書感想文

職場では蔑まれ、字を写す事にのみ生きがいを感じるハゲた痔持ちのチビの中年男。身なりも一切気にしてこなかったそんなみすぼらしい彼が、ついに外套を新調するという一大決心をする。生活を改め、節制を始める姿が愛くるしく映った。念願の外套に袖を通す彼の姿に思わず頬が緩んだ。

しかしそんな彼を眺めている間、私はずっと心の中で思っていた。
「この外套なくなるんやろなあ…」と。
案の定外套は奪われたがその後があまりにも悲惨すぎた。彼の死はあまりにも惨め極まりなかった。

アカーキイの死は何を意味していたのだろうか。彼は一体何によって殺されたのだろうか。

立場が人を育てるなんて言葉を巷ではよく耳にするが、身分不相応な立場に立たされた人間ほど危ういものはない。己の立場や権威に溺れ傍若無人に他人に暴力を振りかざす人間を、昇進した途端に人が変わる人間を私はこれまでに何度も目にしてきた。


立場の変化と共に彼らは職務の本質への興味を失い、その関心は己の立場へと向かっていく。職務は目的ではなく手段となる。アカーキイをたらい回しにした巡査や署長、勅任官、本書に登場する役人達は皆決して真の悪人ではない。彼らの身近な人間からすれば、それなりの良心を備えた善良な人間なのだろう。だがそんなどこにでもいる善良そうに見える彼らが己の立場に溺れた挙句、権威を振りかざし、内に秘めた欺瞞と悪を露わにする時、それは人をも殺す暴力となる。


立場によって人が変わるのはアカーキイも例外ではなかった。幽霊となり勅任官から外套を奪い、かつては自分が受けた罵声を飛ばすアカーキイ。遥かに背が高く、生きた人間には見られないような大きな拳、素晴らしく大きな髭をたくわえた男に変身したアカーキイ。その姿は彼を殺した暴力、権威ものそのものだった。彼もまた立場によって人が変わった。彼はもう人ではないが。

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