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ドストエフスキー著『罪と罰』上巻 読書感想文

引用始め

「話はゆっくりしましょうよ!」
そう言うと、彼は急にどぎまぎして、真っ青になった。またしてもさっきの恐ろしい触感が死のような冷たさで彼の心を通りぬけたのだ。またしても彼はおそろしいほどはっきりとさとったのだ、いま彼がおそろしい嘘を言ったことを、そして今となってはゆっくり話をする機会などは永久に来ないばかりか、もうこれ以上どんなことも、誰ともぜったいに語りあうことができないことを。(p.398)

引用終わり

人間が人間として生きる上で、超えてはならならない一線というものがこの世の中にはある。
その一線を超えれば、自分がそれまでに築き上げて来た世界はあっという間に崩壊してしまう。禁忌を犯した彼が、もう誰とも本当の意味で語り合うことができないように。

ラスコーリニコフは己の思想に従い、世界を変える為に人を殺した。確かに世界は変わった。だが変わったのは自分だけの世界に過ぎなかった。

マルメラードフの家族に金を渡し、一時は"ふいにおしよせてきたあふれるばかりに力強い生命の触感、ある未知のはてしなく大きな触感"(p.325)に満たされたかと思えば、すぐさま罪の意識に苛まれる。どれだけ己を肯定し、思想を積み上げようとも犯した事実は決してなかったことにはならい。嘘に嘘を重ね続け、ゆっくりと、しかし確実に壊れていくラスコーリニコフの姿を見て、一線を超えることの恐ろしさを知った。

彼が罪と向き合い、これから物語がどのように展開していくのかが気になる。上巻ラストにスヴィドリイガイロフが登場するシーンも胸熱だ。スヴィドリイガイロフがヤベー奴、というのは当読書会を通じて噂には聞いていたが、「アルカージイ・イワーノヴィチ・スヴィドリイガイロフです、よろしく」と真摯な挨拶と共に完璧なタイミングで登場する彼が、不覚にもちょっとカッコいいと思ってしまった。

読書前は、その知名度から勝手に妄想を膨らませ、自分には到底読めない難解な作品だとばかり思っていたが、普遍的なテーマに上質なサスペンスの様なストーリー展開、登場人物達はどれも魅力的だ。主人公にガッツリ感情移入しながら大変楽しく読書をすることができた。
下巻も非常に楽しみだ。

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