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ジョージ・オーウェル著『動物農場』読書感想文

ファシズムというおぞましく得体の知れないものを、ユーモラスに、かつグロテスクに描いたこの動物農場は私にとってとても馴染み深く身近な物語だった。

動物達が祝砲や行進や旗のひらめきが大好きな様に、我々人間も大きな運動会が大好きだ。
大きな運動会が延期になったとはいえ、動物達の様にそれらに夢中でいつの間にか七戒が改竄されていた、いうことのない様に我々人間も彼らの失敗から学ばなければいけないよねー、と思った。

統治者はいつの時代もありとあらゆるものを政治利用する。民のささやかな楽しみから、ある時は人の死さえも。ボクサーの死を涙ながらに語る豚が、ついこの間、変なおじさんの死をまるで殉教者の如く扱ったカイロおばさんと重なった。動物達が人間と豚の見分けがつかなくなった様に、私も人間と豚の見分けがつかなくなった様だ。

作中では様々な娯楽が登場するが、とりわけ「イギリスのけだものたち」という歌が印象に残った。

動物達は音楽と共に動物農場を結成する。戦争に勝てば、祝杯として「イギリスのけだものたち」が歌われ、戦争に負ければ、やり場の無い悲しみを埋め合わせるかのように「イギリスのけだものたち」が歌われる。ある時は戦意を高揚させ、ある時は悲しみを治癒する力を持つ音楽は、事あるごとにその力を利用されてきた。

『いとしのクレメンタイン』と『ラ・クカラチャ』を合わせたような、胸のわくわくする歌であった。(p.17 角川文庫)

彼らが決起を決意し、それぞれの動物達の鳴き声によって一代斉唱されるこの歌は、希望に満ち溢れ、愉快に私の中で鳴り響いた。罪を告白した仲間が殺され、丘の上で身を寄せ合いながら口ずさまれるこの歌は、同じ音楽とは思えない程私の中で悲しく鳴り響いた。
そして、酔っ払った豚共が夜中に農場住宅で歌うこの歌は、私の中で下劣に鳴り響いた。

やがて「イギリスのけだものたち」を歌うことが禁じられる。

それでも、彼らはいつか到来するであろう動物共和国の存在を信じ、動物農場の一員である誇りを決して捨てなかった。そんな彼らが人目をはばかり、こっそりハミングするこの歌は私を絶望的で、素敵な気持ちにしてくれた。

そして、歌にすがるしかない彼らの絶望に共感した。

時に彼らに希望を与え、悲しみを癒し、一方で豚の宴会で歌われ、あらゆる動物に愛されたこの歌は、とても素晴らしい音楽だと思った。

豚が統治する世の中である。せめて歌ぐらいは歌わせて欲しい。

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