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ドストエフスキー著『罪と罰』下巻 読書感想文

(引用始め)

ラズミーヒンは生涯この瞬間を忘れなかった。ぎらぎら燃えたひたむきなラスコーリニコフの視線が、刻一刻鋭さをまし、彼の心と意識につきささってくるようだった。ふいにラズミーヒンはギクッとした。(中略)ある考えが、暗示のように、すべりぬけた。おそろしい、醜悪なあるもの、そして二人はとっさにそれをさとった…ラズミーヒンは死人のように真っ青になった。

(引用終わり)p.67

壊れていくラスコーリニコフをどんな時も気にかけていたラズミーヒン。彼を傷つけない様に、わざわざ嘘をついてまで彼に翻訳の仕事を紹介するお人好しのラズミーヒン。ドゥーニャに恋をしていることをいじられ、顔を真っ赤にするラズミーヒン。四人で出版社を立ち上げようと意気揚々と夢を語るラズミーヒン。

強烈で個性的な登場人物ばかりの中で、唯一彼の存在が、物語の緊張から解放してくれた。
ひょうきんで情に深く、時におせっかい過ぎる程のそんな彼が、下巻冒頭でラスコーリニコフの罪を察する。唯一の親友だった彼は、真意を聞かずとも、彼の振る舞いから全てを察した。それまでのラズミーヒンの印象とはかけ離れた、死人のように真っ青になった彼の心のうちを想像すると、胸が打ちひしがれる思いだった。それでも、最後の最後までラズミーヒンはラスコーリニコフを信じていた。信じようとした。彼が病気なのは、決して老婆殺しの犯人だからではなく、政治結社に関わりがある為だと、彼は言う。だが、心の内では本当の事に気づいていたと思う。気づいていたとしても、そんな事実を彼が受け入れられるはずがなかった。

いずれラスコーリニコフは刑期を終えシャバに戻る日が来る。刑期を終えようとも、アリョーナとリザヴェータを殺した事実はなかったことにはならない。ラスコーリニコフは生きている限り、その罪を背負い、残りの人生を生きていかなければならない。たとえその側にラズミーヒンの姿がなくとも、二人の心の内に、互いの存在がいつまでもあることを私は願う。

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