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百合SF短編「1970年のシリウス」

都会の喧騒から離れた、東京湾にほど近く、千葉市の静かな小さな町。

ひっそりと佇む喫茶店「シリウス」は、人知れず秘密を胸に秘めていた。

カウンターに立ったのは、2人の女性。

一人は長身の痩せ型の美人で、ぼさぼさの傷んだ髪をくくり、ブーツカットジーンズとプラットホームサンダルを履き、鋭い眼差しが印象的なフーテン上がりの久美子。

もう一人は小柄で可愛らしい綾子で、ショートカットとミニスカートがトレードマークで、柔らかい笑顔と優しい瞳がチャームポイントだった。

「久美子さん、お願い……」

綾子はこぼれる涙を拭いながら、久美子の手を握った。

「何をお願いするというの?」

久美子は優しそうに微笑んだ。

「……私といっしょに地球を出て、遠くの星に行ってくれますか?」

静寂が二人の間を流れた。

久美子は驚いた表情で綾子を見つめた。

「あなた、まさか、今、新聞や週刊誌で話題の宇宙人なの?」

「ええ……私は、人間に化けた、違う星の出身なんです。生殖機能の備わっていない人間の女性といつか、故郷に戻りなさいと、父から告げられていたのです。あなたとの出会いは、偶然ではありませんでした。」

綾子は、遠い故郷・ラージャオ星のことを話し始めた。

無重力の夜空に小さく煌めく色とりどりの星々、光化学スモッグも公害もなく澄み渡った空気、そして自由自在に動く独特の植物や生き物たち。
久美子は、その未知の世界に魅了されていった。

「私、ラージャオ星に行ってみたい。」

久美子は迷いなく言った。

「でも、地球で大事な人たちがいるから迷っているのです。人間の家族や友達やここに集っていた人たちに会えなくなるのは寂しい……」

「わかります……」
そんな綾子に久美子は少し悲しげに言った。

「でも、あなたの心に、地球への想いが残る限り、何度でも戻ってくることができます。私たちにとって、時空は相対的なものなのですから」

久美子は綾子の言葉に希望を見出した。

「わかりました。いっしょに行きましょう」

こうして、2人の女性は秘密の契約を交わした。町の人たちには、単なる、旅行に行く親友同士として振る舞いながら、ひそかに地球を脱出する計画を練っていった。

ある三日月の夜、シリウスの屋根に2人の姿があった。

メタリックに光る巨大な宇宙船が静かに着陸した。

「行きましょう、久美子さん。私たちの旅はこれからです」

綾子は久美子の手に手をとり、宇宙船へと乗り込んだ。

宇宙船が飛び立つと、地球が徐々に小さくなっていった。久美子は、故郷の地球を離れる寂しさを感じながらも、未知の世界への期待に胸を膨らませた。

二人の女性は、広大な宇宙を旅し、さまざまな惑星を訪れ、宇宙人と交友し、土星から、火星、はたまた冥王星を訪れた。

時には異星人と捕えられたりと、危険目に遭うこともあったが、綾子が久美子を守り、久美子が綾子を支えた。

宇宙では10年も経ったある日、宇宙船は地球の近くまで戻ってきた。

「懐かしいですね……」

綾子は窓から相も変わらず青く緑の大地の地球を眺めた。

「また会いたい人たちがいるの?」

綾子が尋ねると、綾子は小さく頷いた。

「秘密を隠してくれながら育ててくれた人間の家族には会いたいです。でも、もう私を待っている人はいないかもしれません」

「わかりました。では、短時間だけ地球に降りてみましょう」

久美子は近頃覚えたマニュアル通り、宇宙船を地球上空に停めた。

綾子は、長い間見守ってきた故郷への再訪に胸が高鳴った。

二人で千葉市の街を訪れると、景色はすっかり変わっていた。海が一面に広がっていた場所は、コンクリートにより埋め立てられ、東京に行かなくては見られなかった高層ビルが立ち並び、巨大な半透明のショッピングセンターができ、野球スタジアムやコンサーホールのような展示場までできていて、人々の暮らしも二人を困惑させた。

人々はみな、板のような物を持ちながら歩いており、その板に向かい喋っている者などもおり、洗練されていた。
男も女もスマートな洋服を着ており、なんと女性がパンツスタイルのスーツまで着ていて、若者は髪を色とりどりに染めている。
その中の若者は、ヨーロッパの寄宿学校のような制服を一様に着ており、子供も、大人と同じように、その板を持っていた。

久美子は取り残されたような気持ちになった。

二人が宇宙で10年間過ごすうち、地球では54年もの時が経っていて、2024年になっていた。世紀まで次の世紀に変わってしまったのだ。


「もう、私には居場所は……あなたにもないわ……」

久美子はつぶやいた。

「そんなことはありません。あなたはいつでも、ラージャオ星に戻れます。そこには、あなたを待っている者たちがいますから」

綾子は久美子の肩に手を置いた。

地球に滞在した時間は短かったが、綾子は人間の家族との再会は果たせなかった。
人間の父も母も、もう、この世にはいなかった。

しかし、二人の「シリウス」は、すっかり老人となったかつての客の手にわたり、あの頃のまま、現存されてあった。

かつての友人たちも、一様に老人となっていた。2024年の客の中に、なぜか板を持ち、指を動かしたり、ケーキやアイスクリームをその板に向ける若い男女もいたが。

1970年の頃の客たちは、久美子と綾子の体調の変化を案じていたが、二人の面影をよく覚えており、久々の出会いに、まったく容姿を若く保ったままであることの驚きとともに、何も言わず、手を叩き、祝福してくれた。

地球を再訪することで、久美子と綾子の心にあったかげりが溶けていった。
彼女たちは、郷愁と宇宙での生活を両立することができるのだと悟った。

再び宇宙船に乗り込んだ2人は、地球を後にした。

「綾子さん、これからの人生もいっしょに、宇宙で暮らし、時々、地球に遊びにいきましょう。2024年の日本のことも、勉強しなくちゃ、ね。」

久美子は綾子に微笑みかけた。

「もちろん、どこまでもいっしょに」

久美子も笑顔で宇宙船を操作しながら答えた。

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