【牟田口恵美がプロで活躍できなかった理由考察〜過去の自分を客観的に分析してみる〜Part1】 by 牟田口恵美
元プロテニスプレイヤー【牟田口恵美】(むたぐちえみ)です。
久々にラケットを握らない日の牟田口でございます。(久しぶりのオフ!あ、オンラインでは働きます。笑)
明日はタウンテニス大泉学園でのグループレッスン!!!
お申し込みを頂いた方々、ありがとうございます!!!
お会いできるのを楽しみにしております!!
そしてこのレッスン、おかげさまで空き状況残すところ1枠となっております!
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よろしくお願いいたします!
さて。
今日は【牟田口恵美がプロで活躍できなかった理由考察〜過去の自分を客観的に分析してみる〜Part1】についてちょこっと書いて行きたいと思います。
皆さんご存知の通り、(知らない方もいるかもしれませんが)
私は20歳で現役プロを引退し、その後いろんなことをして(めっちゃ端折ってる笑)今に至ります。
そんな私がよく言われること。
それは
「なんでそんな早く引退しちゃったの?もっとできたんじゃないの?」
という言葉。
引退直後は特にそのような言葉をたくさん言われていました。
確かに今でもたまにもうちょっとできたのかな〜と自分でも思うときはあります。笑
でもそれはどちらかというと自分の可能性がどうこうという話ではなく、
自分がやりたいこと、好きなこと、目標に向かって活動をする時間というのがかけがえのないものだったんだなと、恥ずかしながら辞めてからじわじわと感じていたからこそそんな考えが自分の頭にも浮かぶことがあるのかなと。
そこで今日は、現在指導者として活動する私「牟田口恵美」が、過去の「牟田口恵美」がなぜプロで活躍ができなかったのかという理由の1つを考察してみたいと思います。
私の武器はフットワーク、ティフェンス力でありましたが、武器となるショットがなかったことが大きな理由として考えられます。
全体的に満遍なくこなせる選手ではありましたが、おそらく私と対戦をしていても、怖さがなかっただろうなと。
指導者をしていても、対戦相手側に怖さがあるのと無いのでは、作戦等を立てる上でもプレッシャーが大きく変わってきます。
また、私の場合、アメリカから帰国した頃から高い打点でボールを打つことが減り、低い展開ばかりのテニスになってしまったことも更に武器が減ってしまった原因と考えられます。
当時は何も自分で考えることができていませんでしたが、今冷静に考えると色々と自分がコーチしてあげたいなと思おうことが多々。
ジュニア時代から自分のテニスとしっかりと向き合い、セルフコーチングができる力をつけることって実はものすごく大事だと思います。
特に女子選手はコーチに完全に頼ってしまう傾向にあり、なんでも自分で考えるより、コーチに言われたことをやる、といったやり方でこなしてしまう子が多いように思います。
みんながみんなそういうわけではありませんが、コーチに言われたことただただやるだけではなく、一回自分の中に落とし込み、そのアドバイスを自分なりに自分の言葉に変換するまでが一連の流れだと認識して頂くと、より自分の力がついていくのではないかと思います。
以上、【牟田口恵美がプロで活躍できなかった理由考察〜過去の自分を客観的に分析してみる〜Part1】でした。いかがでしたか?
少しでも参考になれば嬉しいです。
それではまた次の記事でお会いしましょう。またね
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