マガジンのカバー画像

読書熊録

349
素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
運営しているクリエイター

2022年11月の記事一覧

文字通りつまらない住宅地の全ての家が登場する群像劇ーミニ読書感想「つまらない住宅地のすべての家」(津村記久子さん)

文字通りつまらない住宅地の全ての家が登場する群像劇ーミニ読書感想「つまらない住宅地のすべての家」(津村記久子さん)

津村記久子さんの「つまらない住宅地のすべての家」(双葉社)が面白かったです。文字通り、つまらない住宅地の一角のすべての家の住人が登場する群像劇。みんなどこか後ろ暗い秘密を抱えているんだけれど、それをうまいこと隠して生きている。そして、普通の顔をして生きて、ご近所の動向に目を光らせる。まさに住宅地あるある。大変な日々をそれでも生きるために、みんな自分が普通だと思いたい。

NHKでドラマ化しているの

もっとみる
人生を肯定してくれるモノゴトに出会える幸福ーミニ読書感想「君のクイズ」(小川哲さん)

人生を肯定してくれるモノゴトに出会える幸福ーミニ読書感想「君のクイズ」(小川哲さん)

小川哲さんの「君のクイズ」(朝日新聞出版、2022年10月30日初版)が面白かったです。クイズを愛する主人公がクイズで直面した謎をクイズにして取り組んでいくクイズ小説。溢れるクイズ愛。誰かに承認されないとしても、自分の人生を肯定してくれる物、あるいは事象現象に出会える幸せを思い出させてくれました。

クイズ王を決めるテレビ番組の決勝戦まで進出した主人公は「今日は勝てる」という確信に満ちていました。

もっとみる
好きでも嫌いでも語りたくなるコーヒーの魔力ーミニ読書感想「こぽこぽ、珈琲」(河出文庫)

好きでも嫌いでも語りたくなるコーヒーの魔力ーミニ読書感想「こぽこぽ、珈琲」(河出文庫)

村上春樹さんや井上ひさしさん、よしもとばななさんなどそうそうたる31人がコーヒーについて語ったエッセイをまとめた「こぽこぽ、珈琲」(河出文庫)が面白かったです。2022何11月20日初版発行。コーヒー好きな作家さんだけではなく、全然コーヒーが好きじゃない人もいる。それでも語りたくなってしまうコーヒーの引力、魔力が感じられる本でした。

村上さんのエッセイのタイトルは「ラム入りコーヒーとおでん」。こ

もっとみる
言葉と連想が弾ける越境青春小説ーミニ読書感想「地球にちりばめられて」(多和田葉子さん)

言葉と連想が弾ける越境青春小説ーミニ読書感想「地球にちりばめられて」(多和田葉子さん)

多和田葉子さんの小説「地球にちりばめられて」(講談社文庫、2021年9月15日初版)が楽しかったです。面白いよりも、楽しい。日本という国が何らかの理由で消滅した世界。デンマークに留学したまま帰る故郷を失った元日本人の女性がさまざま縁で人と出会い、旅をする。この女性は「パンスカ」という独自言語をつくる。この言語が鍵となって、言葉遊びと連想が自由に弾ける。「越境」というのも一つの大きなテーマになってい

もっとみる

ただ台湾の電車に乗りたいだけなのが良いーミニ読書感想「台湾鉄路千公里 完全版」(宮脇俊三さん)

「時刻表2万キロ」などの著書があり鉄道好きの作家宮脇俊三さんの「台湾鉄路千公里 完全版」(中公文庫、2022年8月25日初版)が味わい深かったです。ただただ鉄道が好き。観光地に目もくれず、ひたすら台湾の鉄路を乗り尽くした話。それが良い。そのマイペースな筆致の中に、時は1980年、戒厳令下の台湾の姿が浮かんできます。

マイペースだなと微笑んだのは例えばこんな一説。

有名な御来光を「見ないか」と宿

もっとみる
「聞く」はグルグル回るーミニ読書感想「聞く技術聞いてもらう技術」(東畑開人さん)

「聞く」はグルグル回るーミニ読書感想「聞く技術聞いてもらう技術」(東畑開人さん)

臨床心理士・東畑開人さんの「聞く技術聞いてもらう技術」(ちくま新書)が胸に残りました。「言いたい」「発信したい」人ばっかりな世の中だな(自分も含めて)と日頃感じていましたが、実際には「聞いてもらいたい」人ばっかりなんだなと見えてきました。「聞く」は世界をグルグルと回っていて、でもその循環の調子が狂うと、途方に暮れてしまう。「聞けないとき」にどうすればいい?そのオロオロに付き合ってくれる本でした。

もっとみる
テープ起こしについて語った言葉にいま感動するーミニ読書感想「編集の提案」(津野海太郎さん)

テープ起こしについて語った言葉にいま感動するーミニ読書感想「編集の提案」(津野海太郎さん)

1938年生まれの元編集者・評論家の津野海太郎さんによる編集論をまとめた「編集の提案」(黒鳥社、2022年3月15日初版、宮田文久さん編)が面白かったです。1970年代〜00年初頭まで、つまりもう50年前から、一番最新でも20年前という論考が掲載されている。普通に考えれば「古びた言葉」なわけですが、全く輝きを失わない。「テープ起こし」について語った言葉に、今読んで感動するというスペシャルな経験がで

もっとみる
「良く迷う」ための手引書ーミニ読書感想「哲学の門前」(吉川浩満さん)

「良く迷う」ための手引書ーミニ読書感想「哲学の門前」(吉川浩満さん)

文筆家で編集者でユーチューバーの吉川浩満さんの「哲学の門前」(紀伊國屋書店、2022年9月5日初版)が面白かったです。哲学を専門的に学んでいるわけではないという吉川さんは、自身を「門前の小僧」ととらえる。本書は哲学書の入門書ならぬ「門前の小僧による門前の小僧のための哲学門前書」(p12)と銘打ちます。私は「良く迷うための手引書」と読みました。

著者の文章は自由闊達なところが魅力です。思考ものびの

もっとみる
わたしのおやつを誰かが食べてくれるーミニ読書感想「ライオンのおやつ」(小川糸さん)

わたしのおやつを誰かが食べてくれるーミニ読書感想「ライオンのおやつ」(小川糸さん)

小川糸さんの「ライオンのおやつ」(ポプラ文庫)に胸を打たれました。2019年の作品で、今年(22年)10月にポプラ文庫に収録。通勤電車で読み、ふいに涙ぐんでしまった。人生で最も思い出深いおやつのリクエストを受け、再現してくれる「ライオンの家」というホスピスを巡る物語。涙が込み上げたのは、その至上のおやつを「食べられなかった」シーンでした。

主人公は、30代でがんに見舞われた女性。懸命に抵抗したも

もっとみる
デザインはたくさんの脳でつくるーミニ読書感想「だれでもデザイン」(山中俊治さん)

デザインはたくさんの脳でつくるーミニ読書感想「だれでもデザイン」(山中俊治さん)

デザインエンジニアの山中俊治さんが中高生に行った体験型授業の様子をまとめた「だれでもデザイン」(朝日出版社、2021年11月初版)が面白かったです。デザインのアイデアを探し、考え、実際にプロトタイプをつくるまでの行程を、生徒と一緒になってやるように追体験できる。一番興味深かったのは、デザインというものがたった一人でできるものではないということ。それはたくさんの仲間の脳の協力を得てつくるものでした。

もっとみる
インフレを招いた三つの行動変容ーミニ読書感想「世界インフレの謎」(渡辺努さん)

インフレを招いた三つの行動変容ーミニ読書感想「世界インフレの謎」(渡辺努さん)

経済学者渡辺努さんの「世界インフレの謎」(講談社現代新書)がとても勉強になりました。2022年10月20日刊で、目下の世界的インフレの解説を試みたタイムリーな一冊です。驚いたことに、このインフレはウクライナ危機に起因するものだけではない。新型コロナウイルスが起こした三つの行動変容が、もっと根本的な原因ではないかと説きます。

消費者の行動変容まず一つ目は消費者の行動変容でした(124ページ)。感染

もっとみる