人生を肯定してくれるモノゴトに出会える幸福ーミニ読書感想「君のクイズ」(小川哲さん)
小川哲さんの「君のクイズ」(朝日新聞出版、2022年10月30日初版)が面白かったです。クイズを愛する主人公がクイズで直面した謎をクイズにして取り組んでいくクイズ小説。溢れるクイズ愛。誰かに承認されないとしても、自分の人生を肯定してくれる物、あるいは事象現象に出会える幸せを思い出させてくれました。
クイズ王を決めるテレビ番組の決勝戦まで進出した主人公は「今日は勝てる」という確信に満ちていました。ボールが止まって見えると言った野球選手が言えるように、クイズが止まって見える。それぐらい好調な主人公は、勝敗を決める一問に臨む。
しかし、相手はなんと、問題が読まれる前に回答し、なんと正解してしまう。脅威の0秒押し。敗北を喫したわけですが、当然ながら終了後に「ヤラセ」疑惑が噴出。もやもやを抱えた主人公は、「相手はなぜ問題が読まれる前に正解できたのか?」という究極のクイズを解くことを誓います。
数多の情報を集め、それでも真相に辿り着けない主人公は、決勝戦の戦いを1問目から振り返ることにする。すると、それぞれの問題で、「なぜ正解できたのか」理由が見えてくる。それは、人生のどこかに、そのクイズのヒントが散りばめられていたからでした。
引用したのは、そうやって回想した思い出の一つ。クイズをきっかけに出会った彼女(桐崎さん)と同棲し、別れた主人公は一時、クイズから離れてしまう。しかし、友人に誘われて半ば無理やり参加させられたクイズ大会で、元彼女が好きだったアニメの問題に正解する。
そして思うのです。自分はあの人と出会い、あの人を愛さなければ、この問題に正解できなかった。ピンポンという軽快な音は、自分の人生をも祝福してくれるものだった。
クイズを愛した主人公は、その分だけクイズに愛されていたことに気付く。美しいと感じました。
このとき、彼女は離れてしまっていることに注目したい。彼女を失ってしまった。でもその分だけ得るものもあった。このことに気付く時、彼女と過ごした時間は再び、輝きを増していく。
いま、誰かの承認が欲しくて、それが手に入らなくてもがくのが時代かと思います。でも主人公のように、人ではなく物事(主人公の場合クイズ)に取り組むことを通じて、ひるがえって人の存在が浮かび上がるということもあるのだと感じます。
好きなもので生きていく、というほど強くなくてもよい。ただ、ある物事に取り組み、その物事が自分の人生を肯定してくれる感覚を得ることは、これほどまでに満ち足りたものなのかと驚きます。
本書を読むと、主人公のクイズ愛が乗り移り、読者としてもクイズが好きになってしまう。それほどまでにクイズへの思いが詰まっています。
万が一いただけたサポートは、本や本屋さんの収益に回るように活用したいと思います。