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「聞く」はグルグル回るーミニ読書感想「聞く技術聞いてもらう技術」(東畑開人さん)

臨床心理士・東畑開人さんの「聞く技術聞いてもらう技術」(ちくま新書)が胸に残りました。「言いたい」「発信したい」人ばっかりな世の中だな(自分も含めて)と日頃感じていましたが、実際には「聞いてもらいたい」人ばっかりなんだなと見えてきました。「聞く」は世界をグルグルと回っていて、でもその循環の調子が狂うと、途方に暮れてしまう。「聞けないとき」にどうすればいい?そのオロオロに付き合ってくれる本でした。


「聞く」は世の中を回っている、というのは本書からの引用です。最も印象に残った箇所の一つでした。

 「聞く」は普段はグルグル回っています。だけど、欠乏によって、その循環が壊れてしまう。そういうときに、孤独が生じ、関係が悪化していきます。
 「聞く」が改めて必要になるのは、そこです。
 欠乏は変えられなくても、そこにある孤独と向き合うことはできます。自分のせいで痛みを与えていることを、聞く。それが、関係が悪化しているときに、何よりも必要なことです。
 「聞く」とは「ごめんなさい、よくわかっていなかった」と言うためにあるのだと思うのです。

「聞く技術聞いてもらう技術」p78

本書は「聴く」ではなく「聞く」を扱う本です。相手に痛みに寄り添うことは「聴く」なのでは?という疑問も湧くかと思いますが、本書は「聞く」本。なぜなら、「ごめん、聴くことができてなかったね」というセリフはなんだかしっくり来ないから。「じっくり聴く」のように、「聴く」は「できている」ときにしか現れない。たいして「聞いているようで聞いていない」のように、「聞く」は欠乏状態にその輪郭がはっきりと見えてくる。

「聞く」とは「ごめんなさい、よくわかっていなかった」と言うためにあるとは、その意味で「聞く」の本質を表した言葉なのだと思います。私たちは「聞けていない」からスタートしていく必要がある。

このパートでは、「聞くの欠乏」の一例として、21年の東京五輪の際に菅政権に向けられた社会の不安を挙げています。あの時菅首相は必死に五輪が安全だと訴えたし、ワクチン接種を推進する対策も打ち出し、具体的な進展もあった。なのに、国民の支持は集まらなかった。それは、少なからぬ国民が「自分の不安な思いを聞いてくれていない」と感じていたからだと本書は指摘します。

空気が足りていない時に人は初めて「苦しい」と感じ、それまでは空気の存在を気にも留めない。「聞く」にも同じ側面があるといいます。

私たちの社会には「聞く」が足りていない。SNS上の炎上も(不用意な投稿で炎上している方も、炎上させている聴衆も)、「聞いてほしい」「聞かせたい」の叫びなのかもしれないと感じます。

ではどうすればいいのか、と言えば、本書は全編を通じて、「聞いてあげる」から始めてみませんか?と優しく諭す。反転させた「聞いてもらう」技術も扱う。「どうしたの?」と言いやすくする方法。それに乗っかるスタンス。そういったものを大事にしています。

欠乏状態の中では、誰もがテイク、「聞くの奪い合い」になりやすい。でも本当は、誰かが聞き始めないと、聞くの循環は回っていかない。なかなか難しいことだけど、まずは家族や友人に対して、「聞いてみる」から始めようと思います。

つながる本

東畑さんの本は読んでいるだけ少し、心が楽になる。前著「なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない」(新潮社)もそうでした。読むカウンセリングルームと言っていいような、真っ暗な夜を超えていくための言葉。

本書と同じく新書で読みやすく、コミュニケーションに関して考える本としては、三木那由他さんの「会話を哲学する」(光文社新書)がおすすめ。漫画や小説作品の会話に焦点を当て、「コミュニケーションとマニュピレーション」というキーワードで深読みを試みます。

感想はこちらに書いてみました。


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