💁📚40【このままだと､母ちゃんが】虐待についての考察　878

※ヘッダー画像は、紙面掲載イラスト #山本美雪 を加工しています

#朝日新聞DEGITAL
#きょうも傍聴席にいます 。

このままだと、かあちゃんが——
鉄アレイ手に父を殴り続けた長男

#金子和史
2024/9/14（土）朝日新聞朝刊掲載

（前略）被告本人の姿を見たり、肉声を聞いたりできるのが法廷の傍聴席です。
　法廷では、有罪立証をめざす検察官と、被告の利益を守ろうとする弁護人が対峙します。そのやり取りからは、世相が見えてきます。（後略）

「きょうも傍聴席にいます。」について

本ではなく新聞。
傍聴した記者が、特に心に残った事件をリポートする人気連載。
紙面より掲題の事件を抜粋•要約してみる。

両親と長男は生活保護だけが収入源。脳出血後、左半身麻痺で車椅子生活の母を、81才の父が介護。
49才の長男は手伝いを申し出るも父に断られ、デイサービス以外の介護•家事を父がひとりでこなす。

長男は、野球推薦で高校入学。
父は何度も応援に来てくれた。
野球部がある企業に野球推薦で入社。
3年で退社後は、両親と同居しながら職を転々とする。
結婚を考えた女性がいた時期もある。
40代半ば以後無職。

1年ほど前から、母に手を挙げるようになった父。
その日、父は母の頬を平手打ち。
このままでは母が死ぬと思った長男は、両手に持った鉄アレイで父の頭部を殴り、包丁で首に切り付けた。

父は搬送先病院で死亡。
事件後に施設入所した母も翌年死亡。
長男は逮捕後、軽度の知的能力障害と判断された。

父の暴力について、証人として出廷した社会福祉士は
⚫︎介護ストレスが限界を超えていた
⚫︎老老介護の最もたるもの
⚫︎ひとり介護は不可能で施設入所レベル

もし……
⚫︎母が施設入所していれば
⚫︎地域包括支援センターが虐待の有無を調査できていれば
⚫︎父の家庭内暴力が明らかになっていれば
⚫︎長男の知的能力障害が事件前に認定されて、支援員がついていれば

7月8日東京地裁福家康史裁判長
懲役9年の実刑判決
⚫︎父の暴力から母を守りたいという思いから犯行に及んだ経緯は理解できる
⚫︎人を殺害することは到底許されず、強く非難されなければならない
⚫︎十分に得ることができなかった必要な支援を受け、更生することが期待できる

読み終えてふたつの事例を思い出した。
忘れないようにそれらを記しておく。

事例❶ゆりちゃん

私の住まいは小規模賃貸マンション。
隣室に前の前に入居していた細っそりとしたママと、未だ幼稚園には行っていないらしいゆりちゃん。
会うとにっこりと挨拶するおきれいなママ。
おしゃまでお口が達者なゆりちゃんはママとパパのお話をしてくれる。

夕刻から夜になると、隣室から毎晩のようにゆりちゃんの泣き叫ぶ声。
大人の声や他の物音は聞こえない。
泣くだけではなく叫び喚く声。
見えないとはいえ、毎日聞くのは苦痛で耳を塞ぎたくなる。
寒い夜など、自分の気が狂いそうになる。

お昼間のゆりちゃんには、皮下出血や傷痕は見られない。
おどおどした様子も見られない。
それどころかママ、ママ、と甘えてさえいるし、ママもゆりちゃんに優しい。

誰かに相談しようか？
オーナーさんに連絡しようか？
通報しようか？
勘違いであっても間違いであっても通報するべきではないのか？
匿名で通報したとしても、室内の泣き声を聞いているのは私だと、ママにはバレるだろう。
どれほど迷い悩んだだろう。
気がつかないうちに退去されていた。
パパの姿を見かけたことってあったかな？

事例❷うめこさん

うめこさんは、私がデイサービスの生活相談員をしていたときのご利用者。
ペースメーカーを入れている他はお元気で認知症。
マンションの一室で、子どものいない長男夫妻と同居。


ある日は「明日のジョーか⁇」と驚くほど、目の周囲に大きく濃い皮下出血。
別の日には頭頂部にザックリと裂傷。
デイサービスに来るより受診でしょうとご家族に電話をすると「大丈夫ですからお風呂に入れて」「飲食店で注文したところだから直ぐには行けない」「車がないから迎えに行けない」……

どうやらご家族は、うめこさんの状況を判っていて送り出したらしい。
しかも「トイレのノブで目を打ったんでしょ」「勝手に転んで怪我したんでしょ」と受診への腰が重い。
眼球は大丈夫なの？
目の前に縫合が必要な裂傷があったら、ビビって病院に行くんじゃない？


長男ご夫妻は小柄な仲良し夫婦。
妻様はご実家の親御様の介護にも関わっている。
平日日中は妻様が、夜間や土日は長男がうめこさんの世話を分担。
うめこさんは「うちの人達は優しくてよくやってくれる」とデイサービスでよく発言していたが、反面「叱られる」「いつも怒られてます」とも。

介護職員には虐待の疑いに対して、市へ通報する「義務」がある。
部下さん達とうめこさんの状況を共有し、皮下出血や裂傷をデジカメで撮った。
担当ケアマネと職場の上長にも報告した。
後は市への通報。

……とはならなかった。
担当ケアマネも上長も、「家族分離（被虐待者と虐待者を別居）させられてしまうから慎重に」という意見。
上長に限っては「もし間違いやったらどうすんねん‼︎」「ウチの責任になったら誰が責任を取るねん⁇」「ご家族から訴えられたらどうする⁇」と発言。
うめこさんが致命傷を負ったらどうするの？
間違いでもいいじゃない‼︎

後日、地域包括支援センターから主任ケアマネと看護師が来所しヒヤリング。
介護記録と写真を見せて経緯を説明。
ほどなく、ショートステイを使いながら様子を観ることになったらしい。
デイサービスは終了。
その後のことは個人情報につき知る術がない。


思い出した事例については、幸いなことに世間を賑わすような事件には発展していない。
育児にしろ介護にしろ、極めてプライベートで密室化している。
介護保険制度が始まった当初、介護の社会化と喜んだのも束の間、財政面からどんどんと家庭に環流されている。

育児や介護をいつまで「ドメスティック」にとどめておくのだろう？
私も育児は孤独の中だった。
大病も発達障害もモラハラも機能不全家族も体験している。


介護•認知症については、ほんの少し経験と知識とアドバイスしてくれる人脈を持っている。
これがなかったら私も母を虐待していたかもしれない。

母に面会に行く。
認知症の母は、秒速で忘れるし理解力も低下してきているので話が噛み合わない。
母をご利用者•ご入居者、自分のことを介護職員だと思えば、腹も立たない。
グループホームから出れば、母のことを忘れていられるし。


私の娘は「孫」という立場で一歩引いていられる。
では妹（娘）はどうか？
母が同じ話を繰り返すことにイライラするし、噛み合わない話に声を荒げるし、自分のことを覚えていない母に悪態を吐く。
知識がないって、近すぎるって、きっとこういうこと。
勿論、妹にはそんなこと言わないけれど。

いろんな形の家族があって、それが当たり前で、いろんな育児や教育や介護の方法が選べる。
お金がないことにヒヤヒヤしなくていい暮らし。
非難するだけではなく、支え合える社会。
制度をひとりでひっくり返すのは大変だけど、言葉や行動のひとつひとつなら変えられる。
ほんの少しのお節介や声かけならできるんじゃないのかな。

事件は決して特別なことじゃない。
いつ誰が当事者になってもおかしくない。
今がそういう社会だっていうこと。
だから変えて行かなくちゃいけないんだっていうこと。
そういうことを考えさせられた。

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