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明石さんのスパイ飯大作戦

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豪放磊落!天衣無縫!明治時代、スパイ明石元二郎が世界を食う! ロシア!スイス!フランス!台湾!遊びながら働き、働きながら飲む男! *完全妄想フィクションです。
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記事一覧

010 誰もが世界を変えることを考えるが、自分を変えることを考える人は誰もいない。【明石さんのスパイ飯大作戦ーモスクワ編

010 誰もが世界を変えることを考えるが、自分を変えることを考える人は誰もいない。【明石さんのスパイ飯大作戦ーモスクワ編

--誰もが世界を変えることを考えるが、自分を変えることを考える人は誰もいない。

と、使い古して二股に分かれたほうきみたいな白髭の男が言った。一見不機嫌そうなもさもさの長い眉の奥の瞳はつぶらで愛嬌がある。にんにくの塊みたいな大きな鼻を持つその人はレフ・トルストイ。彼は小説家で、キエフで神学を学ぶ瀬沼格三郎と文通しているのだと言った。
 ニコラ通りに出版人やら小説家が仕事欲しさに集まる料理屋があ

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009 きのこと名乗ったからにはかごに入れ。【明石さんのスパイ飯大作戦ーモスクワ編】

009 きのこと名乗ったからにはかごに入れ。【明石さんのスパイ飯大作戦ーモスクワ編】

 
 ピロシキ。ピロシキ。揚げピロシキ。
 くん、と鼻をすする。チーズに肉、そして甘酸っぱい香りはシーリウスの言っていた干し葡萄だろうか。ピロシキ食いたさに広い通りを進んでゆくと、レオンチエフと呼ばれる横丁の真向かいに周りと違う面構えでひとを惹きつけている店――
 フィリッポフが死んだパン屋は今はパリ風の二階建ての珈琲屋になっていて、思っていたのとはだいぶ違う近代的な建物だった。けれど想像通りだっ

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 008 モスクワは涙を信じない。【明石さんのスパイ飯大作戦】

008 モスクワは涙を信じない。【明石さんのスパイ飯大作戦】

 俺、明石元二郎のモットーはひとつしかない。

 ”働きながら遊び、働きながら飲む”
 
 飲み屋のあたりはずれ?そんなのはどうでもいい。まずくてもうまくても話のネタにはなる。けれど、どんな店でもひとり床に着いたとき、にやにやできるものがいい。ひとりさむい布団の中でも、群像にまじり飲み屋の卓子でつっぷし眠る夜でも、目を閉じたまぼろしとうつつのはざまで、希望に満ちた明日を夢見られるものがいい。
 諜

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【閑話休題】シドニーライリーの諜報飯

【閑話休題】シドニーライリーの諜報飯

 007 旅順より愛をこめて。
 
 シドニーライリー。イギリスの諜報員だ。よく気が触れずにいるものだと思うほど変わり身立ち回りの早い男。数年前まではサンクトペテルブルグの英大使館にいたらしい。卵料理が本当に好きな男で、やつが日本に来たら京都にでも連れて行ってやろう。京都のだし巻きたまごをライリーに食わせたらどんな顔をするだろうか。ともかく、彼の作ったスクランブルエッグは完璧である。
 
 あれは

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愛はじゃがいもではないから、窓から投げ捨てることはできない【明石さんの諜報飯大作戦】

愛はじゃがいもではないから、窓から投げ捨てることはできない【明石さんの諜報飯大作戦】

俺、明石元二郎のモットーはひとつしかない。

 ”働きながら遊び、働きながら飲む”
 
 飲み屋のあたりはずれ?そんなのはどうでもいい。まずくてもうまくても話のネタにはなる。けれど、どんな店でもひとり床に着いたとき、にやにやできるものがいい。ひとりさむい布団の中でも、群像にまじり飲み屋の卓子でつっぷし眠る夜でも、目を閉じたまぼろしとうつつのはざまで、希望に満ちた明日を夢見られるものがいい。
 

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 005 飢えは叔母さんではないから、ピロシキはくれたりしない 【明石さんの諜報飯大作戦】

 005 飢えは叔母さんではないから、ピロシキはくれたりしない 【明石さんの諜報飯大作戦】

俺、明石元二郎のモットーはひとつしかない。

 ”働きながら遊び、働きながら飲む”

  飲み屋のあたりはずれ?そんなのはどうでもいい。まずくてもうまくても話のネタにはなる。けれど、どんな店でもひとり床に着いたとき、にやにやできるものがいい。ひとりさむい布団の中でも、群像にまじり飲み屋の卓子でつっぷし眠る夜でも、目を閉じたまぼろしとうつつのはざまで、希望に満ちた明日を夢見られるものがいい。

 

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004 風邪は胡椒とウォトカで治す

004 風邪は胡椒とウォトカで治す

 仕事が段落がつき、ほっとしたらサンクトペテルブルグの広場の空に、半月がぽっかり浮かんでいた。寒気がする。どこでもらってきたか、風邪をひいたかもしれない。

 ぷぅっと煙草のけむりを吐くと寒さで白くなった息が立ち上って湯気のように月を包む。あれに似てる。東京の中華料理屋で食食ったことがある、あの、ほらなんだっけ。小麦粉をこねた皮の中に肉やらねぎやらを入れて……焼いたのと茹でたのがあって。

「なん

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003 謝肉祭-マースレニッツァ-【明石さんの諜報飯大作戦】

003 謝肉祭-マースレニッツァ-【明石さんの諜報飯大作戦】

 一九○三年二月。ロシアの寒さは最高潮だ。
 つい最近こちらにやってきたかと思ったら、あっという間に年が明けてしまった。家族は、妻の国子はどうしているだろうか。楽しく正月を迎えられただろうか。

「それじゃあ、また」
 店の外に出て、パリッとする寒さに手をこすりながら言った。
「また、連絡するわ」
 すらっと背の高く、いかにもロシア美人という感じの、切れ長の瞳に金の髪がさらさら揺れた。彼女はそう言

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明石元二郎の諜報飯002

明石元二郎の諜報飯002

002 プリャーニクとザクースキ

 身なりだとかどうでもいい、面倒なことは嫌いだ。
 ただただ、目の前に見えるもの、直接手で触れるもの、そして心で感じるものは大事にしたい。
 昨日がどんな一日だっても、朝起きて机の前の壁に貼った美しい絵葉書の前に座ると心がまっさらになるのだ。

「ふ…んがぁーあ……」
 早朝から書いていた山懸有朋への報告書を書き終えて、ぐっと背伸びをしあくびをする。
すこし

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明石元二郎の諜報飯【短編小説】

明石元二郎の諜報飯【短編小説】

000  落花流水

母さんがふかしてくれた芋が好きだった。
兄さんと三人で頭がよくなるようにと天神様のとこに行って、一緒に食べた梅ヶ枝餅がうまかった。
でも、母さんが針仕事で忙しい中、正月に材料かきあつめて作ってくれた雑煮には敵わない。

今はもう母さんはいないけれど、みんなで食べたうまかもんを、僕は一生忘れない。

 
  一九○二年九月某日

 パリに来て一年弱が経った。今日の晩飯には何を食

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