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家族のこと

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私は家族が大好きです。変わり者で破天荒な父と優しく器のでかい母、ちょっと早めに空へかえった兄の話を主に書いています。
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#家族

桜の下で

桜の下で

先日のお休みにお花見に行った。
朝ごはんを食べていると父が「かをちゃん、今日お休み?お花見でも行く?」と切り出した。
このところ坐骨神経痛の痛みで気が塞いでいた私は2つ返事で「行く行く!」と答えた。
大好きな広い公園で緑に囲まれたら、この坐骨神経痛も治る気がした。
リリカという可愛らしい小悪魔系女子のような名前の薬よりも、よほど効果がありそうである。
そんなわけで、突然のお花見が決まった。

いそ

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父と娘

父と娘

私はnoteでもTwitterでも家族のことをよく話題にしている。
1番身近にある豊富なネタだ。
父も母も私にとっては幼い頃から「そういうもの」として存在しているが、周りから観ると2人ともなかなかのハードパンチャーらしい。

幸い家族の関係性は悪くなく、むしろ良好と言える。
実際noteでもTwitterでも「ほっこり家族エピソード」や「実録ポンコツ家族ストーリー」を書いている。(つもりである)

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父と七夕

父と七夕

父の胃がんの手術から10日が経つ。

当日はとにかく長かった。
9時間もの長い時間を、母と私は院内の一角にあるラウンジで過ごした。

ラウンジの近くには売店(ローソン)があった。
患者さんやその家族、ときには職員さん達が買い物をするためにひっきりなしに売店にやって来た。
そしてそこで買ったものをラウンジで飲み食いしていた。

母と私も特に飲みたいわけでもないが何となくコーヒーを買ってテーブル席へと

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父の薬

父の薬

最近の私は職場でも薬のセットをして、実家でも薬のセットをしている。

81歳の父、70歳になろうという母どちらもこれまで健康であり、定期的な受診や内服薬とは無縁の人たちであった。

父は去年の冬に新型コロナに感染した。
年齢も年齢なので心配していたが微熱と関節痛くらいで軽症であった。
その後、数日間あけて母と私も感染したが母が最も症状が強く救急を要請したほどであった。

「俺のせいでお前達に感染さ

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父とロボット

父とロボット

その後の父である。

その後の父とは1回目の胃がんの手術を終えた父のことである。
あと1ヶ月ほどで2回目の手術を受ける予定となっている。
今度の手術は厄介な、大きい方の癌が相手である。

前回の手術は胃の下の方にある早期の胃がんを内視鏡で切除するものであった。
医師たちも「きれいに取り切れました!」と満面の笑みで話しており心から感謝した。

ただ「病理検査の詳しい結果次第では全摘の可能性もまだあり

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手術日も父は父だった

手術日も父は父だった

父の1回目の胃がんの手術が無事に終わった。

今回の手術は胃の下の方にある平べったいがんを内視鏡で切除するものであった。
上部の大きながんの手術(開腹術)はこの後に控えている。

父の「出来れば全摘ではなく1センチでも良いから胃を残したい。」という希望は、今回の手術が成功しない限り叶うことはない。

そのため今回の手術はとても大事なものであった。

見出しに使用した写真のバラは、去年の母の日に父が

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近づく入院日

近づく入院日

父の入院日が近づいてきた。

今回の入院では胃の下方にある比較的ライトな癌を取る手術なので、さほど長い入院期間にはならない予定だ。

父が手術を受ける病院は実家からバス→電車→バスと乗り継いだ先にある。
遠くはないが近くもない。
70歳の母と杖歩行(長距離時)の私にとっては遠く感じる。

洗濯物を預かったり届けたりするのも大変だろうと考えた私は「お父さん、パジャマとかタオルはリースで良いよね?病院

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お兄ちゃん、またね。

お兄ちゃん、またね。

私には4歳年長の兄が1人いる。
聡明で勇敢で公平で、そしてとにかく優しい兄だ。

そう、兄はとても優しかった。

兄の優しさについていつかnoteに書きたいと思っていたが、それは少しつらい作業になるため躊躇っていた。
それでも書いてみようと、ようやく心が決まった。

兄は大学を卒業したあと就職し、その翌年には実家を出て1人暮らしを始めた。
1人暮らしを始めて数年たった頃、兄に病気が見つかった。

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父のお土産

父のお土産

「お土産」が好きだ。
旅のお土産はもちろん、たとえばコンビニで買ってくれたちょこっとした何かでもとても嬉しい。

母方の祖父はお土産をしょっちゅう買ってくる人だったそうだ。
夜中に酔っ払って帰ってきては、ぐっすり眠っている幼い頃の母たち(6人姉弟)を片っ端から叩き起こしていたという。

「キャラメルやチョコレートなんてなかなか買えなかったから嬉しかったよ。」
「アイスキャンディーなんか取り合いして

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父の決断

父の決断

最近の父についてである。
簡単に言うと普通に過ごしている。 

父の「普通」が一般的に「普通」かどうかは今は置いておくとして、とにかくリウマチであることも進行性の胃がんであることも本人も家族も忘れてしまうほど普通に過ごしている。

先日、外科チームの医師達から手術に関する説明を聞いてきた。

「胃の下方にあるものは開腹しなくても取れる可能性がある。
上方のクソデカがんは開腹術となる。
この場合は二

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春待ち得たる

春待ち得たる

わたしは猫を見かけただけで幸運だと思い
美しい空と雲も幸運と思う。
仕事が楽しいのも幸運。
仲間にめぐまれ、皆でげらげら笑えるのも幸運だ。
美味しいゴハンも幸運で、ぐっすり眠るのも朝おきられるのも幸運。
虹が見れたら特大の幸運だ。

美しい桜🌸を見ることが出来るのも当たり前じゃなくて幸運だ。
今年も大事な人たちと桜がみたいなあ!

今日は父さんの胃がんの状態について
今後の治療方針について
担当

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父が泣いた日

父が泣いた日

年明けにリウマチと診断され、その治療が開始となった途端に胃がんが見つかった父。
リウマチと胃がんの両方を診てもらえる病院を紹介され、先日はじめてその病院を受診してきた。

病院へ向かう途中「実を言うと俺はまだ半信半疑なんだ。こんなにメシが旨いのに胃がんなんておかしいよ。」と父は何度も繰り返した。
そう思いたい気持ちが強かったのだろう。

そんな父の期待を裏切り、診察室で見せられた画像では胃の上方に

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父は空を飛びたい

父は空を飛びたい

私の父は80歳を越えている。
年齢だけ聞くと「おじいちゃん」のイメージを抱くだろう。

しかし父は未だに野球の審判をしている。
無駄に走ったり跳んだり、鉄棒にまたがり両手で鉄棒を握り体を真横に倒してグルングルン回転したりしている。(何のためにそんなことをするのかは分からない。)

コロナ禍になる前は行き先も日程も何も決めない1人旅にしょっちゅう出掛けていた。
(年齢的には徘徊と呼ばれてもおかしくな

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お兄ちゃんの注文

お兄ちゃんの注文

周りにいないだろうか。
飲食店で注文した料理が毎回かならずと言って良いほど最後に出てくる人。
皆が食べ終わりそうな頃にようやく食べ始める人。

私の兄がまさにそれだ。
小さい頃からずうっとそうだった。
レストランでも食堂でもドライブイン(懐かしい呼び名🤭)でも。

兄の料理だけがなかなか出て来ず、ずいぶん遅れてからようやく運ばれて来る。
料理を待つ兄はいつも頭の後ろで手を組んで、真っ赤な頬っぺた

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