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父とロボット

その後の父である。

その後の父とは1回目の胃がんの手術を終えた父のことである。
あと1ヶ月ほどで2回目の手術を受ける予定となっている。
今度の手術は厄介な、大きい方の癌が相手である。

前回の手術は胃の下の方にある早期の胃がんを内視鏡で切除するものであった。
医師たちも「きれいに取り切れました!」と満面の笑みで話しており心から感謝した。

ただ「病理検査の詳しい結果次第では全摘の可能性もまだあります。」と言われていたため、そこに関しては不安が残った。

1回目の手術では内視鏡手術のエキスパート達(父はずーっとエキストラと言い間違えていた。)が集められ、予定時間を遥かに上回る時間をかけて手術は成功した。

術後の経過は驚くほど順調で、術後2病日目には点滴スタンドを器用に操り大股で後ろ歩きをし、カメラを向ける私に小走りで駆け寄って来てしまう81歳であった。

81歳とは思えない身のこなしで軽く弾みながら「イェイイェイ❣」と拳を振り上げる姿は大変に滑稽であり、その場に居合わせた看護師さん達もスマホで父を撮影していた。

TikTokで「元気すぎてごーめーん♪」みたいな替え歌と共に踊る81歳の動画が流れていたら、それは私の父で間違いないだろう。

そしてあっと言う間に退院し、その日のうちにサイクリングに出かけていった。
母も私もさすがに止めたが、射手座B型が急に思いついた行動を周りが制止することはほぼ不可能である。(私しらべ)

サイクリングから帰ってきた射手座B型の第一声は「セブンティーンアイス食べてきちゃった♡」であった。

何故だか少しイラッとした。


退院後の父の食事はお粥、おじや、うどんを主食とし、副菜は野菜の煮物など消化の良いものを中心としていた。
肉や肉や肉や肉の脂身を好む81歳だが食事の制限はさほど苦痛ではなかったようだ。

問題はお酒だ。
彼はお酒が大好きだ。
毎日晩酌をしてご機嫌になり、下らない話をして笑うことが生き甲斐なのだ。

もちろんお酒は禁じられていた。

「俺のことは気にせずお母ちゃんとかをちゃんは飲め。俺は飲めないけど。」と言われてもなかなか飲めないものである。
正しくは「飲んでも飲んだ気がしない。」といったところだろうか。
目の前の「お酒を我慢している人」にジーーーっと見つめられながら飲むお酒ほど気まずいものはない。

これは身体に悪い。

私は父が飲めるようになるまで一緒に酒断ちすることにした。


つい先日、父は定期受診を受けた。
1回目の手術後からずっとヘラヘラと楽観的に見えていた父であったが、この受診の前日は少し元気がなかった。

何か引っかかっているのか問うと「やっぱり全摘はイヤだな。……そんなの贅沢だけどな!」「でも出来たら胃を残してぇな。……まあ生きてるだけありがてえけどな!」と、情緒ご乱心な答えが返ってきた。

いつもなら和室の襖をしめて眠る父が、この日の夜は襖を開けたまま寝ていた。
そのため、この夜は私も母も自室のドアを閉めずに床についた。


診察日がやってきた。
病理検査の結果と2度目の手術について外科の担当医から詳しい説明を受ける。
「胃のほうですが残せそうです。それも半分イケそうです。」と医師から告げられると、父はまたTikTokみたいな動きで喜んだ。

私はその医師と多少の面識があり、テンション爆上がり中の父に「先生は東大出身なんだよ。」と教えると「へぇ~っ!あの東大?すごいねえ……何学部?」と素で聞いていた。
先生は「医学部じゃなかったらどうします?」と笑って返し、頭は良いわ人柄は良いわイケメンだわで最高であった。

術式について先生の説明は続く。
あれだけはしゃいでいた父の表情が次第に暗くなってきたことに私は気づいていた。
ある単語を聞いてからである。

「ロボットによる手術」

この1言を耳にした後から明らかに父はドンヨリしていた。
説明を終えた医師から「何か聞きたいことや気になることはありますか?」と尋ねられた父は言いにくそうに口を開いた。

「先生ね、俺はね、できればロボットじゃない方が良いよ。先生にやってもらいたいねえ

私は父と付き合いが長い。
父の考えていることが大体わかる。
しかし医師は父の「胃袋」には詳しくとも父という「人間」には詳しくない。
そのため医師は「今ロボットすごいですよ。人間よりも精密で正確です。」というような説明をした。

私は可笑しくて可笑しくて仕方なかった。
父が絶対に勘違いをしていると気づいていたからだ。

父は「ロボット」と聞いて「コロ助」のようなものを想像しているに違いない。

またはドラえもん、たまにレストランで見かけるような「お料理お運びロボット」でも良い。
ああいったロボットが自分の胃を手術すると思い込んでいるのだ。

「これより手術を始めるナリ〜!」
「カシコマリマシタ」


そりゃ怖い。
あの可愛いらしいまん丸の手により精密で緻密な手術が行われるところを想像するだけで面白い。怖い。
「キテレツ大手術」(´>∀<`)プクスー

私は父に「ねえねえ、どういうロボット想像してるか知らないけどコロ助とかドラえもんとかロボ五木みたいのじゃないよ?」と教えた。

「あ、違うの?」

やはり父は勘違いしていたナリ。

医師が笑いをこらえながら「えーと、あの、ロボットと言っても手術をするのは人間である私なんですよ。」と再度丁寧に説明してくれた。

「一緒に頑張りましょう。」
あたたかく心強い1言で先生は説明を終えた。
父はすっかり安心した様子であった。

さらに「次の手術まで好きなものを食べて下さい。ご家族と一緒に、同じものを。お酒もどうぞ。」と笑顔で告げた。
父はまた変な動きで喜んだ。

帰宅後も父は上機嫌で、医師からもらった手術の資料を鼻歌まじりでパラパラめくっていた。

何故かこの1枚をずいぶん長く眺めていた。

父の術式の図

そして父は言った。

「おい、かをちゃん。
この3ヶ所を切って縫い合わせるって意味だな?」
「そうそう。これが小腸で、小腸をぐーっと持ってきてだな、、」

「なんだよ!えらく簡単だなぁ!

どう考えても7時間かからねえな!!」

……………。
どういう思考回路なのだろう。
先ほど「私は父の考えは大体わかる」と言ったが前言撤回である。
父という人はやっぱりさっぱり分からない。

調子っぱずれな歌を歌いながら資料をめくる父を眺めて「呑気な父の手術はコロ助にしてもらうくらいがちょうど良いのかもしれない。」と思う私であった。






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