かを

暇さえあれば空ばかり見ている看護師。ギランバレー症候群の患者でもあり現在は看護師と患者…

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暇さえあれば空ばかり見ている看護師。ギランバレー症候群の患者でもあり現在は看護師と患者の両立中です。 空や雲、植物が好きで写真を撮ることも好きです。考え事も大好きです。

マガジン

  • 看護師という仕事のこと

    精神科看護師として働くなかで感じることや日々の学び、自分が大切にしていることをまとめています。

  • わたしというもの

    私にまつわる日々のあれこれについてまとめています。

  • 家族のこと

    私は家族が大好きです。変わり者で破天荒な父と優しく器のでかい母、ちょっと早めに空へかえった兄の話を主に書いています。

  • 学生時代のこと

    看護学校の寮生活や、思春期ならではの馬鹿馬鹿しくも愛おしい日々のことをまとめています。

最近の記事

凸凹と私

出勤して私が1番最初にすることは、自分の仕事部屋の掃除である。 前日にも簡単な掃除は済ませて帰るが、朝も必ず掃除をする。 机やイス、パソコンのキーボードにマウス、ドアノブや引き出しの把手も念入りに拭き掃除をしてから消毒する。 最後に患者さんが座る椅子を丁寧に拭く。机を挟んで、私の斜め前に置かれた椅子だ。私の椅子よりも上等で、座り心地も良い。 その椅子に座り、私は部屋をぐるりと見渡してみる。 患者さんから私はどのように見えているのだろう。 「ふうっ」と小さく息を吐いて精神科

    • 「お気持ち」の値段

      「こんな時どうしたら良いのだろう。」 生きていれば誰もが一度は抱いたことのある気持ちだろう。 私など「どうするー!!」「どうしたら良いー!!」は日常茶飯事であり、もう多少のパニックには慣れっこである。 「どうしたら良いんだ…どうしよう…。 こういう時どうしたら良いのか、どうするべきなのか皆目検討もつかない…。 なぜ学校で教えてくれなかったのか。 分数や開脚前転なんかより、こういう時の対処法こそ教えておくべきではなかったのか。」 そんな風に考えることがしょっちゅう有る。 ちな

      • 桜の下で

        先日のお休みにお花見に行った。 朝ごはんを食べていると父が「かをちゃん、今日お休み?お花見でも行く?」と切り出した。 このところ坐骨神経痛の痛みで気が塞いでいた私は2つ返事で「行く行く!」と答えた。 大好きな広い公園で緑に囲まれたら、この坐骨神経痛も治る気がした。 リリカという可愛らしい小悪魔系女子のような名前の薬よりも、よほど効果がありそうである。 そんなわけで、突然のお花見が決まった。 いそいそと身じたくを整えていた父が「来年の桜をみれるか分からないからなあ。なあ?」と

        • 自己紹介〜2024.春〜

          名前 かを SNSアカウント X(旧Twitter)@24kaochin51 趣味、好きなこと ・本を読むこと: 紙の本が好き。漫画も小説もエッセイも詩集も何でも。 伊坂幸太郎、井上荒野、リリー・フランキーの文章が好き。 相田みつを、草野心平、金子みすゞ、星野富弘も好き。 ・映画を観ること: 邦画も洋画も好き。 洋画は「グッド・ウィル・ハンティング」「レナードの朝」「英国王のスピーチ」が好き。 邦画は「恋は雨上がりのように」が好き。この映画の大泉洋さんが素敵。 好

        凸凹と私

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        • 看護師という仕事のこと
          18本
        • わたしというもの
          48本
        • 家族のこと
          22本
        • 学生時代のこと
          8本

        記事

          箱の中のカブトムシ

          「箱の中のカブトムシ」という言葉を聞いたことがあるだろうか。 まず、以下の引用をお読み頂きたい。 ということである。 それでは皆様ご一緒に。 せーの、、、 なんのこっちゃ!! そう。なんのこっちゃ、なのである。 ウィトゲンシュタインさんは哲学者なので、これを読んだ私達が「なんのこっちゃ」という感想を抱くことはある意味正解なのである。 哲学者でもなく、ただのしがない精神科看護師である私が「箱の中のカブトムシ」を説明するとしたら、以下のような感じになる。 たとえば5〜6

          箱の中のカブトムシ

          1月なんて嫌い

          明けましておめでとうございます。 なーんつって。もう1月も下旬だ。 つまり1月が間もなく終わるということであり、2月がすぐそこまで迫ってきているということになる。 恵方巻が楽しみだ。 …………ていうか早くない? 1月の体感7日くらいだ。 これには理由がある。ちゃんとある。 これからその理由について勢いよく書きなぐって行こうと思う。 私は1月に腹を立てている。 今年の1月は嫌いだ。大っ嫌いだ。 ひっぱたいてやりたいほど嫌いだ。 さて2024年である。 2024年の1月

          1月なんて嫌い

          他人の身内

          若い頃、よく周りの大人達に「年齢を重ねるごとに月日の流れが早くなるよ。」と聞かされていた。 当時の私は「へえ。そういうものなのか。」くらいにしか思っていなかった。 そもそも「月日の流れ」など気にもしないのが「若さ」である。 何もせずとも日々は過ぎ行く。 月日の流れは恐ろしく速い。 小田急線の急行くらい速い。 東京に暮らしながら、小田急線に乗ったことはないけれど。 やっぱり電車の速度でいえば新幹線が1番なのだろうか。 それはそうとお盆の新幹線は今年も混むのだろうか。 いや、

          他人の身内

          今年の漢字

          考えている。 このところの私はずうっと、とあることを考えている。 誰に頼まれたわけでもない。 やらなければならないことは他にもあるような気もするが、そんなことは放ったらかして「とあること」を考えている。 朝起きてしばらくの間、お布団の中でも。 通勤途中のバスに揺られながらも。 お仕事中のふとした時も。 ドクターのつまらない自慢話を聞かされている時も。 帰り道のバスでも、入浴時のバスタブの中でも、好きな歌のバスドラのリズムに乗りながらも。 (バスで引っ張るのは限界があった。)

          今年の漢字

          あの人に見せたい

          私はカメラを持っていない。 40年以上生きて来た中で、自分のカメラを持っていたことがない。 それなのに写真が好きだ。 自分で写真を撮ることも、誰かの撮った写真をみることも好きだ。 カメラを持たない私は、もっぱらスマホでの撮影である。 写真の撮り方を勉強したこともなく、ただただ自分の好きなものを好きなように撮影している。 家族や友人や好きな人に見せたり、Twitter(今はXか)に投稿したりしている。 時には患者さん達に写真を見せることもある。 私は精神科看護師として働

          あの人に見せたい

          今の次の今はピザ

          「未来」という言葉は漠然と、ずいぶん先のことのように感じる。 遠く遠く遥か彼方の未来は見えない。 けれども目の前の未来は見える。 目の前の、1番ちいさな未来とは私の足の下にある「今」の次にやってくる「今」のことである。 たとえば右足の下に「今」があるのであれば、次に左足をおろしたところが「次の今」であり「目の前の未来」だ。 その未来くらいなら、はっきり見える。 どこに足を下ろすか決めることもできる。 行く先を変えることもできる。 だが「今」というものは休むことなく次から次

          今の次の今はピザ

          じさまとばさま

          今日は敬老の日。 私にはお祖父様が2人、なんと、お祖母様まで2人いる。 え?みんな樣にも2人ずつ? そいつぁ奇遇だ。 お祖父様&お祖母様、計4名様とも既にお空の上にご案内されてしまった。 父が生まれ育った家庭は複雑であり、父と祖父母の関係は悪くもないが良好でもないといった感じであった。 お祖父様はとてもとても無口で、ほぼ喋らない人だったと記憶している。 話し声は低く小さく、幼い私には少しだけ怖い存在であった。 いつも着物姿で胡座をかき、テレビに繋いだイヤホンを片耳に入れ

          じさまとばさま

          その日々

          ああいやだ、いやだ。 驚いてしまった。 前回のnoteを書いてから1ヶ月近く経ってしもうてるやないの。 不思議だが体感5日くらいである。 呑気にもほどがある。 何か特別なことでも起きていたのかと言うと、 特にない。 それが恐ろしい。 何かもんのすごいことに取り組んでいたとか、何かものごっついことを成し遂げたとか、そういったことが一切ないのに1ヶ月も経っているということが恐ろしい。 ただただ通常運転の日常を送っていた。 暑い暑いと騒ぎながらお仕事に行き、患者さん達と戯れ、

          その日々

          結婚した日

          ちょうど「いつかはあのことを書こう」と思っていたところに、なんとピッタンコなテーマだろうか。 選択、ときたもんだ。 選択には小さなものから大きなものまで(ヤンボーマーボー的な)様々ある。 人はいくつもの選択をしながら日々を過ごしている。 いちいち「ああ…わたし今選んでるわー」と意識していないだけで、1日の中だけでも数えてみたら途中で数が分からなくなるくらいの選択をしているのではないだろうか。 根気のあるどなたかが「今日の選択数」をカウントして下さると良いと思う。 私には無

          結婚した日

          父と娘

          私はnoteでもTwitterでも家族のことをよく話題にしている。 1番身近にある豊富なネタだ。 父も母も私にとっては幼い頃から「そういうもの」として存在しているが、周りから観ると2人ともなかなかのハードパンチャーらしい。 幸い家族の関係性は悪くなく、むしろ良好と言える。 実際noteでもTwitterでも「ほっこり家族エピソード」や「実録ポンコツ家族ストーリー」を書いている。(つもりである) しかし。私たち家族の関係は、ずーっと笑いにあふれほっこりした穏やかなものだった

          夏のお便り

          みんな様は夏バテは大丈夫なのでしょうか。 ちょっと暑すぎやしませんかね。 たぶん夏自身も「やりすぎかな」と気づいてはいるものの、上げた拳はおろせないというか、引くに引けない状態になってしまっているのかもしれませんね。 ここはひとつ大人になって、意地を張らずに素直になってほしいものです。 何の話をしているのでしょうね私は。 さ〜て。 私はとにかく夏が苦手である。 陽射しを見ただけで泣きたくなるほどだ。 暑さと湿度に滅法ヨワヨワだ。 先日ついに職場で宣言した。 私は来年か

          夏のお便り

          精神科看護と私

          これまでにも仕事のことを何度もnoteに書いているが、私の仕事は「看護師」である。 精神科看護師として20数年働いている。 「看護師として働いていこう」と決めたときから「精神科」で働きたいと思っていた。 高校時代の進路指導の教師に「心を看れる看護師になりたい。」とキラッキラした汚れない瞳で訴えていたのを覚えている。 瞳はキラッキラだが理数の成績はボロッボロで、とくに微分積分で「6点」という点数を叩き出したときには校内中がざわついていた。 親と兄は爆笑していた。 さらに物

          精神科看護と私