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KILLING ME SOFTLY【小説】01_ムーンライト前説

目が覚めると、見知らぬ天井に無機質な部屋が私を迎え、やや重たい布団へ包まれ、隣には広瀬千暁(ひろせちあき)が眠っていた。
これも夢の続きだろうか。
「アキくん?」
名前を呼ぶが一向に起きる気配はない彼の寝顔を眺めれば普段は前髪で隠された額にほくろを見つけ、和む。少し汗を掻いている。


まだあどけなさが残る千暁の私に対する恋心はそれこそ出会った日に悟り、他人から寄せられた好意を理解出来ない程に鈍感な女ではなく歳下に好かれて悪い気もしなかったとはいえ、こちらは同棲相手に去られたばかりで腹いせにとことん揺さ振り揶揄ってやろう、恐らくは早々に諦める筈だと高を括った。


しかし全く離れて行かないどころか私を追い抜き、家庭環境・人間関係・才能に恵まれつつも努力を惜しまず、成長していく姿を見ているうちに段々と感化され、おまけに舞台上から愛の告白をされるような曲を歌われて、ついには惚れ込んでしまったのだ。
今や世界で最も愛おしい存在である。


彼は私のことを初の恋人と言ったけれど、可能ならば生涯添い遂げたい、永遠に私しか知らないまま。これまでは向こうの好みに精一杯合わせ自分を偽ってきたが、千暁は例外なのだから。
「あーホントかわいい、大好き。どこにも行っちゃダメ、他の子なんか絶対ヤダ、ずっと私だけのアキくんでいてね。」
彼の負担となる為に控えた言葉も夢の中では口に出せた。


暫し呼吸のリズムを揃え、唇を重ねて肌に触れるなど思う存分楽しんだ頃、ベッドサイドに置いた私のスマートフォンが震えると同時に画面へ(アカウントの削除後に新規登録した)メッセージアプリの通知が表れた途端に千暁がビクッと反応して現実へと引き戻される。


……夢でなかった。
ここから本当の〈地獄〉が幕を開ける。



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