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実験小説、愛とか恋とか。

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実験的に書いた小説をまとめました。
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#夫婦

揺れるピアス、”いい奥さん”という幻想。

揺れるピアス、”いい奥さん”という幻想。

「いい奥さんでいることに疲れたの」

会議が終わり、部屋に誰もいなくなったところで、彼女はポツンとそう言った。

「同じように働いているのに、子どもになにかあったときの対応とか家のこととか、ぜんぶわたしで。でも、それが当たり前だと思ってたの。それが母親の仕事で、妻の仕事なんだって」

紙コップに半分残ったブラックコーヒーを揺らしながら、彼女は続けた。

「でも、疲れちゃったんだ」

彼女は笑顔と泣

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暮れゆく秋空、妻の浮気と自立

暮れゆく秋空、妻の浮気と自立

「旦那には頼りたくないんだよね」

台風が通り過ぎたばかりの空は、雲ひとつなくどこまでも広がっていた。

涼しげな秋の風が吹き、彼女の髪をなびかせる。

彼女は顔にかかりそうになる髪を振り払い、ぼくを見つめ、静かにそう言った。

静かな言葉の流れのなかに、彼女の揺れる気持ちと強い意志の力を感じた。

彼女の金色のピアスがかすかに風に揺れる。

彼女から目を逸らし、空の向こうに目をやると、日没の訪れ

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結婚の理由、水辺のハムスター回し車。

結婚の理由、水辺のハムスター回し車。

「なんで、今の旦那さんと結婚したの?」

オフィスからちょっと離れた定食屋で遅いランチを食べながら、ぼくは同期の女の子にそうたずねた。

「稼ぎがいいから、子どもの教育費に困らないなって思って…」

彼女はちょっと恥ずかしそうにそんなことを言った。水が入ったグラスを口元に運びながらぼくを見つめている。

ぼくから非難されるんじゃないかというかすかな恐れが、彼女の瞳からは感じられた。

「そうなんだ

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薬の空き瓶、妻のPTSD

薬の空き瓶、妻のPTSD

「うちの奥さん、俺のこと絶対許さないって言うんですよ」

会社帰り、駅へと向かう途中、たまたま会った後輩からそんなことを言われた。

彼とは以前同じ部署だったんだけど、去年彼は異動になり、今では違うフロアで働いている。

3年ほど前、忘年会の二次会で2人だけで話す機会があり、彼はうまく言っていない夫婦関係について話してくれたことがあった。

「絶対って、すごいね。なにを許したくないんだろうね?」

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潮の満ち引きと夫婦関係

潮の満ち引きと夫婦関係

「すみません、ちょっとだけこの後お話ししていいですか?」

リモート会議終了間際に彼はそう言った。その声はいつものようにハキハキとしていたけれど、ムリをして元気な仕事用の声を出しているようにも聞こえた。

「お疲れさまですー」と、他の参加者のアイコンが画面からポツポツと消えていき、ぼくと彼の名前が書かれたアイコンだけが取り残される。2秒ほどの沈黙の後、彼は話し始めた。

「すみません、急に…。こな

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