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神秘の森

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「失うものばかり多すぎて、手にするものはほんの少し」佐野元春
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冷たい月曜日

冷たい月曜日

生きる苦しみにエキサイトした心が、
静けさに疲れた夜に溶け出し、
やがて空は青に染まった。
お前はネクタイを締め、スーツに袖を通し、
世界に別れを告げた、
足元はピカピカの靴で。
ルー・リードの歌詞と、
ゴッホの絵の具を使って、
「神秘の森」から届けられたラブレター。
精霊が導き、警察が指差したその森が、
お前が最後に息をした場所だった
ーーあの冷たい月曜日に。

ヘラジカの王が誇りを示すために、

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フロストバイト・ロードレース

フロストバイト・ロードレース

お前が殉教者のような身なりで、
公園に足を踏み入れたとき、
振り返るとお前の家が見えただろう?
扉が吠えるのが聞こえたはずだ。
同じ時刻、蝶が一匹俺の庭に飛んで来て、
尊厳について話をして去って行った。
それ以来、落ち葉よりも軽い死が、
あの木にはずっと引っかかっている。

降り積もった雪が、乞食の宴会や、
大通りに立つならず者を、凍えさせた日、
お前はあの木にぶら下がり、
熱を奪われた白雪姫のよ

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歳を取るのをやめた男

歳を取るのをやめた男

ドライアイスの煙るベッドの上で、
彼は天国へのチケットを破り、
暖炉に放り込む。
人々はモラルに繋がれた飼い犬のよう、
毎日愛を求め、
口論を続けていた。
彼は少々疲れたが、
今はもう大丈夫。
煙草に火をつけ、宇宙に向けて戸を開ける。

ギターを抱え、バスに乗り込み、
彼はバンドを連れ、水星から海王星まで、
演奏の旅に出る。
家族はそのツアーに反対したが、
彼の音色の純粋さに
押し切られたのだった

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メランコリー

メランコリー

眠れぬ夜だった。私はハンドルを握り、
灯りのない峠道を車でさまよっていた。
深い霧の中、ヒッチハイカーが見えた。
車を止めると、哀れなメランコリーだった。
この種のメランコリーはいやしくて、
施しがあるまでドアから離れようとしない。

私の不調は三年も続いていた。
身も心も疲れ果て、何の目標も持てず、
その上今夜は、助手席にメランコリーーー
邪悪で、惨めな放浪者が座っている。
この種のメランコリー

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鳥が飛び立つ瞬間

鳥が飛び立つ瞬間

おかしなママはしきりに頭を揺らし、
暗い瞳の乙女は心に閉じこもり、
真っ昼間の酔っぱらいは死人の振りをし、
闇は時間をかけるほど重たくなった。
錠剤の雪が街に降り積もり、
憂鬱な夜に太陽が昇る。
君は地面にSOSを描き、
僕は鳥が飛び立つ瞬間を待っている。

ジェーン・ワイマンが恋人の酒を隠し、
グロリア・スワンソンは復帰を夢見、
ジョン・キーティンが違うページを教え、
テレンス・マクドノーが幸運

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私の中の誰かが

私の中の誰かが

私と君は常に一緒だった。
共に軍人だった時もあれば、
共に農夫だった時もあった。
王と下臣として国を治めていたこともあれば、
セールスマンとして国を歩き回ったりもした。
共に画家だった時は、互いを絵に描き、
詩人だった時は、言葉を捧げ合ったーー
私と君は常に一緒だった。

今夜、外はひどい風だ、
朝になったら何かがなくなっているに違いない。
君が手を振るのが見えるーー
はたして、これが何度目のさよ

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オールモスト・ブルー

オールモスト・ブルー

部屋は住人の心を映し出すーー
たとえ、その本人が埋葬された後も。
繊細な工芸品のようだった君の心、
僕は近頃、君の部屋で詩を書いている。
すべての時計は止まっていて、
窓は深夜の「伊勢丹」のように閉じられている。
この部屋は君の自画像そのもの、
そしてそのタッチはーー
ほとんどブルー。

僕は君のクローゼットで迷子になる。
そこにはあらゆる季節が閉じ込められていた。
帽子についた夏と、ポケットにし

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オーディオルーム・アドベンチャー

オーディオルーム・アドベンチャー

ひとつの詩的体験が不調に終わったとき、
空想は「書物とランプの間」から消え、
私の兄の遺したアンプを通って隠れた、
オーディオルームにーーそこでは、吸血鬼が
焚き火をインディアンたちと囲み、
悲しいバラッドで彼らの涙を川にし、
ハーモニカで辺りを秋の風に変え、
ゴムの靴底でシタールを奏で、
嫉妬に狂った魂でブルースを歌い上げていた。

しかし、私にあるのは真っ白な紙とペンだけ。
そこで、ジェイクと

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或る魔法使いに

或る魔法使いに

あなたの刺繍と、人形たちの家と、
あなたの靴底を彩る妖精たちと、
あなたの絵と、キルトの壁掛けと,
あなたの丘を包む空想の森の前で、
魔法使いと踊る、魔法使いと踊ると、
魔女の鏡はあらゆる秘密を暴露し、
あなたの召使いは毒リンゴをシャーベットにする。

あなたの針刺しと、花柄のブラウスと、
あなたが塔の上から垂らす長い髪と、
あなたの宇宙と、川辺での昼食と、
あなたの鍋で煮た蝙蝠と肝臓に囲まれて、

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世界一不幸な母親

世界一不幸な母親

1
彼女は世界一不幸な母親ーー
彼女は大切な、大切な息子を失ったのだ。
それは曇り空の、冷たい9月の月曜日、
息子は自分の心に、大きな穴を見つけた。
彼はいつものように、朝家を出て、
そして再び帰って来ることはなかった。

彼女は世界一不幸な母親、
けれど明るさと勇気を持った女性。
彼女は大切な、大切な息子を失ったとき、
墓の前で泣くことしかできなかった。

2
彼女は何日も息子の帰りを待ち続けた

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銃による決闘

銃による決闘


12月の凍える朝、
冬の静けさが辺りを包む。
神秘的な森の奥深くで、
誰にも知られず男は眠っていた。

私の兄は死を選んだ、
薄汚い社会を捨てて。
人は平和な国だと言うが、
どこにだって目に見えない敵はいる。

 「精霊に祈りを捧げても雨は降らない」
 と嘆く村人を時代劇で見た。
 牛や馬は痩せこけ、家は朽ち果て、
 彼と家族は放浪の道を歩むのだった。

札束を身にまとった女優がライトを浴びて

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神秘の森

神秘の森

神秘の森が今、私の視界を覆う。
四方に伸びた枝が月明かりを遮る。
風が悲鳴をあげ、森を駆け抜け、
私の耳に「夢」の終わりを告げる。

優しさが崩れ去る音だった。
自然はどこまでも、儚く、厳しい。
強者の顎は容赦なく、弱者の頭を噛み砕く。
私が生きてきた「夢」とはまるで別の世界。

私はその森に足を踏み入れる。
方角も分からず、感覚だけを頼りに。
猿たちが目を光らせ、木から木へ飛び移る。
蛇が真っ赤

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