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遊びから学び 仕事に遊びを  ~肩書きつけにくい私の歩み

【自己紹介リニューアル】
正直なところ、私はいつも自分の肩書に悩みます。一つで表せないし、相手によって使い分けてみても、カバーしきれない違和感が出てきたり…。
もしかしたら『職業:わたし』になれたら理想かもしれません。

始まりはいつも「遊び」から

「なんかいいよね」「なんか気になる」「こんなのがあったらいいのに」「このステキさをみんなに知ってほしい」「この人の話を聞いてみたい」

かしこまった会議の場よりも、友人との雑談や、見聞きしたテレビやラジオ、なんか気になるもの、街での買い物…などなど圧倒的に「遊び」のシーンや力が抜けた時の「ふと」がキッカケ。
そんな直観から、つきつめたくなる性格が手伝ってメディアコンテンツをプロデュース。イメージが実現して世に出ていく悦びがクセになりました。

仕事は真剣に遊ぶように

もちろん仕事となれば、生みの苦しみ、ぶち当たる壁、思わぬトラブル…闘いの連続で苦しさ9割。
それでもその先の「1割の悦び」につられて、粘りのギアが入ります。
自分なりの悦びや志、納得感がなければ、なかなか粘れません。

がんばるというより、本気でやり抜く。
プロセスがテキトーだと、中途半端なものしか返ってこないから、後悔のないよう本気で力を出し尽くす。でもムリはしない。
「がんばりすぎる」と視野が狭くなって、何より自分がしんどくなるから。「真剣に遊ぶ」「遊び心を入れる」「愉しく」そんな感覚です。

「興味」「好き」は学びのキッカケ
自分なりの「悦び」で仕事を"苦役"にしない

こんなワークテーマです

🌞人、コトの本質的な力や隠れた「もったいない」を見出す、引き出す
🌞ジャンルを越境してつなぎ、新しい概念や価値を創造

🌞時代やニーズの半歩先をキャッチし、「あったらいいな」をカタチにする
🌞楽しいことを深く、難しいことをおもしろく、深いことを広く! 
🌞専門性を普遍性に 

こんな「ALOHA」スピリットです

”ALOHA”という言葉には、
自分自身に立ち返り、お互いの呼吸を合わせ、その瞬間に出会った喜びと尊さを確認し、讃え合うという意味があるそう。

あの空と海の色、音、風、空気感…そこに居るだけで幸せになれるハワイ。仕事モードからの"避難場所"でしたが、「ALOHA」の深くてステキな意味を知ったとき、私の目指している生き方とリンク!

本来の自分自身を取り戻し、お互いの呼吸を合わせること。

まさにこれ。私が大切に思いながら、これまでやってきたこと、これからやろうとしている私の道とも重なっています。

これまで こんなことをしてきました

👣大学卒業後、銀行勤務3年⇒ 芸能事務所へ 自分史上最大のまさか!

中学時代からファンだった超有名シンガーの仕事に、まさかの「ご指名」が!! おそるおそる未知のエンタメ界へダイブ!
★「好き」が仕事になる悦びを知る
突出した才能の特有のプライドや取り組む姿勢、葛藤を目の当たりにする
★本質的な魅力を見出し輝かせる マネジメントを学ぶ

👣著名人の「人間力」に光を当てる メディアプロデュース&インタビュー・著述として独立

輝きの裏にある思考や哲学から私が学びを受けたように。時代の「流行り」や「興味」を入口に「生きるヒント」を伝える橋渡し役に。
★エンタメ界スポーツ界のトップランナー800人以上の心と言葉から刺激
★企画、営業、制作、折衝、インタビュー、執筆まで トータル経験
★15作以上の書籍企画制作、30以上媒体の企画、2000本以上の執筆
★人、コトの隠れた本質や本音を引き出す「質問力と言語化」が鍛えられる
★取材される側の経験を取材側に活かし 双方の見地が拡がる

👣メディア業の集大成 オリンピックメダリストの公式Bookのプロデュース&執筆 足かけ8年間の密着取材

「筋書きのないドラマ」を生きるトップアスリートのマインドに開眼。その後、某五輪選手「一人の公式本で6作品」という異例の企画制作の経験は、仕事を超えて大きな財産に。
★競技専門ではないアプローチで選手ドキュメント密着の「先駆け」になる
★トップ選手にとって、長く定期的な第三者との対話の有効性を実感
★ケガや引退の不安や転機に直面するアスリート特有の心境、課題を知る

👣「食✖医療の新しい概念」を価値化、法人事業化のコンサル

知人の紹介で知り合ったフレンチシェフの「思い」に共感し、歯科医師とタッグで嚥下食を進化させる法人事業化や広報マネジメントに携わる。
★メディアで培った〈聴く✖創る✖伝える〉スキルの汎用性を確信
★社会活動の啓蒙に必要な仕組み、広報を学ぶ
★思いを「価値に換える」コンセプトワーク&プロデュースを経験

こんな「特異」な「合わせ技」です

🔶取材する側⇔取材される側 「二刀流」の視点

・取材する側ーーメディアとしての狙いや落としどころに添わせたい思惑
・取材される側ーーその思惑が本意と一致するとは限らない意向や優先順位
実はそんなギャップが存在しています。

私は両方の経験から、取材側(メディア)の気持ちと、取材される側(マネジメント)の意向がわかるだけに、双方の視点取材の信頼性に役立ちました。
取材側のときは、相手に思惑を押し付けず、気分よく安心して話しやすく
取材される側では、取材されやすい対応で効果的なアピールにつなげる

🔶アスリート✖人間・生き方 競技分析や報道とは違う「越境」

スポーツ取材といえば、競技を専門的に分析する「ジャーナリスト」か、情報を速報する「報道」がほとんどで、私のように「人となり」「心の変遷」にフォーカスするアスリート取材は、かなり珍しいスタンスです。
あえてスポーツ専門外に越境し、パーソナル取材の趣向を取り入れ、女性誌や経済誌、書籍などで「人としての考え方や生き様」を伝えてきました。

珍しい越境スタンスとマネジメント経験のおかげで、アスリート特有の心理や事情への「理解」「リスペクト」と同時に、客観視点からの「課題」への気づきにつながったと思います。

🔶フォーカス(虫眼鏡)⇔ズームアウト(望遠鏡) 

 取材する虫の目と伝える俯瞰の目の使い分け。メディアの人なら当たり前かもしれませんが、私の場合は、
①企画プロデュース=「社会の中での興味や意味合い」というズームアウトから入り →②「本質は何か」に取材フォーカス コンテンツとして「どう伝えるか、受け止められるか」仕上げるズームアウトまで、大きな幅での「寄り」と「引き」が鍛えられました。

強い「寄り」の深掘りも、ある種のシビアでフラットな「引き」視点があるからこそ。人のプロデュースやコンセプトワークに役立っています。

🔶スポーツ界/エンタメ界 似て異なるマネジメント着眼点

俳優、タレント、アスリート、文化人…ジャンル横断的に「人」に特化してきた結果、様々なマネジメントとその良し悪しと違いに接してきました。
対外的には似ていても、大雑把に分けると、
アスリートのマネジメントは、競技者としての権利管理や手数料代理業の「エージェント」
エンタメ界の多くは、「当人独自の商品価値」を育て長くクリエイトする「プロダクション」。(モデルや文化人はエージェント色が強い傾向)

当人へのマネジメントとして「エージェント型」か「プロダクション型」かはかなり異なることを学びました。
特に現役から引退を迎えるアスリートにとって、長期視点に立って価値をクリエイトするサポートの有無が彼らの人生に影響することを感じています。

「合わせ技」だからこそ たどり着いたこと

「肩書」が一つにしにくいのは、「特異」な「合わせ技」で私が成り立っているからだと、ようやく気づきました。
今でこそ「合わせ技」なんて言えますが、新しい企画のたびに手探りで「イメージの実現」を模索してきた結果です。

ジャンル横断的に人、コト、それも第一線で活躍する人たちの心や言葉に間近で接することができたご縁、偶然、運に恵まれ、全てに感謝です。

有名無名に貴賤も優劣もありません。
ただ、一線で心身を張っている人、突出した才能の持ち主たちの独特のエネルギーから頂き、感じ、培ってきたものは、私にとって貴重な財産として人生の糧にもなっています。

特に、浮き沈みの激しい過酷な競争世界で、彼らが抱える特有の葛藤や心境、直面する人生転機の難しさや孤独を目の当たりにしたことは大きく、
メディア業を卒業しても、そこへの関心は高くなっていました。

数年前からアスリートの価値や在り方、メンタルやセカンドキャリアが話題に上がるようになり、エンタメ界でも大手の事務所から個人として次々に独立する流れに。

これからは「自分の本質」や「個の力」が大切になる時代
「本来の自分を活かす」マインドが大切になる時代を確信

強く感じたのは、

★リ・ブランディングする伴走者の必要性。
★一旦、肩の荷を下ろす感覚で「自分を解放」「自分を知る」場づくり。

合わせ技の私だからこそ、できることがあるんじゃないか?

▷アスリートやダンサーなど 体力寿命のある才能ならではの不安軽減に
・成績や名声だけを価値基準としない「人としての力」を見える化する
「引退が怖くなくなる」ネクストチャプターを共に創る伴走マネジメント

▷一定のキャリアを積んできた人ならではのリ・ブランディングに
肩書ではなく「隠れた魅力」を引き出し、長く活かす指針づくり
「わたしを商品にする」具体的な選択肢と方向性のフィッティング

『脇目もふらずがんばってきた人』に。
パーソナルプロデュース、コンセプトワーク、トランジションディレクター、リブランディングパートナー、マネジメント、マインドフィットネス

たまたま私の得意フィールドがアスリートやエンタメ界で、彼らは顕著なだけ。誰にとっても普遍性ある大切なことだと思います。
何より、この私自身にも必要です。

これからは、ストイックにがんばるのではなく、ムリのない自分の解放。
目指すのは「わたしの自由」。

怠惰に一人で好き勝手~ではなく、
社会でのプレイヤーとして「本来のわたし」を活き活きと。
そんな境地にたどり着きました。

長文お読みいただき、ありがとうございました。
肩書がつけにくい私の一端を知って頂けたら嬉しいです。

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