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雑文

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主に読書感想文を載せています。ネタバレしない内容を心がけてますが、気にする人は避けてください。批評ではなく、感想文です。
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#小説感想

村上春樹 『街とその不確かな壁』

村上春樹 『街とその不確かな壁』

★★★★☆

 2023年4月刊行。1980年に文芸誌、文學界に発表された『街と、その不確かな壁』をリライトし、新たに長篇小説に仕上げた1冊。ハードカバーで650ページ超というなかなかのぶ厚さ。
 そもそも『街と、その不確かな壁』は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』という作品に昇華されたはずなのですが、作者としては、「小骨が引っかかった」ように気になっていたらしく、今回の書き直しに

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『MONKEY vol.15』

★★★★★

 柴田元幸が責任編集長を務める雑誌MONKEYの最新号です。6月発売なのでわりと時間が経ってしまいましたが、内容がすばらしかったので触れずにはいられません。

 毎号興味深い特集と高い質が保たれている雑誌ですが、今号は群を抜いていました。隅から隅まで読んでしまうほどに。

 特集は「アメリカ短篇小説の黄金時代」です。

 村上春樹訳ジョン・チーヴァー5作品(+エッセイ)と柴田元幸訳の

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Ben Marcus 『stay down and take it』

★★★★☆

 ハーパーズやニューヨーカーなどに寄稿している作家ベン・マーカスの短篇。長篇短篇あわせてこれまで4冊出ているようですが、翻訳版はない模様。
 なお、AirMap社のCEOに同名の方がいるようですが、まったく関係はありません(あたりまえですね)。
 ニューヨーカー2018年5月28日号掲載。

 雨が降ると、すぐに浸水してしまうところ(陸地から切り離されたちょっとした人工の島みたいな場

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マリオ・バルガス=リョサ 『楽園への道』

★★★☆☆

 池澤夏樹=個人編集 世界文学全集Ⅰ-02。ペルーの作家バルガス=リョサが2003年に出した歴史小説です。

 19世紀に社会運動家として活躍したフローラ・トリスタンと、彼女の孫であるポスト印象派の画家ポール・ゴーギャンの二人を主軸にしています。
 一世代跨いでいるため、五十年ほど隔たりのある二人の生涯が、章ごとに交互に展開されていきます。

 ノンフィクションとのちがいがどこにある

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猫田道子 『うわさのベーコン』 後篇

☆☆☆☆☆

『うわさのベーコン』がただの下手な小説に留まらないのはどうしてなのでしょうか?

 ひとつは、とても丁寧に書かれていることです。

 作者は奇をてらうわけでもなく、また読み手を挑発したり、小説を揶揄する意図もなく、ただ素直に書いているようにみえます。自然に書いたらこうなった、という素朴さを感じます。
 です・ます調で書かれているのも、その語法がぴたりときたからでしょう。そうした点も、

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猫田道子 『うわさのベーコン』 前篇

☆☆☆☆☆

 2000年に太田出版から発売された短篇集。高橋源一郎がいろいろなところで絶賛していることもあり、手にとってみた次第です。

 えーと、正直いって、どういえばいいのか困ってしまいます。

 というのも、ふつうに考えるととても読むに耐えないものだからです。誤字脱字はもちろんのこと、言葉の誤用、文法の間違い、視点のブレのオンパレードです。基本はです・ます調ですけど、それすら統一されている

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Robert Coover 『Treatment』

★★☆☆☆

 御年86歳のロバート・クーヴァーの掌篇3篇です。
 ポストモダンの作家、寓話やメタフィクションの作家として知られているそうです。何冊も翻訳されていますが、僕は読んだことがありません。
 treatmentはおそらく「台本、シナリオ」という意味でしょう。
 ニューヨーカー2018年4月30日号掲載。

『Dark Spirit』
 舞台は撮影所です。美女と野獣の焼き直しのようなくだら

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Edwidge Danticat 『Without Inspection』

★★★☆☆

 ハイチ系アメリカ人であるエドウィージ・ダンティカの短篇。
 著者はハイチの首都ポルトープランスで生まれ、12歳のときにアメリカに移住したそうです。何冊か日本語に翻訳もされています。僕は知らなかったのですが、けっこう有名な作家なのですね。
 ニューヨーカー2018年5月14日号掲載。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 物語は、建築中の高層ホテ

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Keith Gessen 『How did we come to know you?』

★★★★☆

 ロシア生まれアメリカ育ちのジャーナリスト、小説家、翻訳家であるキース・ゲッセンの短篇です。ニューヨーカー2018年4月16日号掲載。

 6歳のときに両親と兄と共にアメリカに移り住んだ主人公。30歳を過ぎた現在では、ニューヨークでロシア文学を研究しているのですが、就職も研究もうまくいっていません。そんな折、10歳違いの兄から連絡が入り、モスクワにいる90歳のおばあちゃんの面倒をみて

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レイモンド・チャンドラー 『水底の女』



★★★☆☆

 2017年刊行。訳者は村上春樹。『ロング・グッドバイ』から始まったチャンドラー長篇翻訳シリーズも7つめの今回でラストです。訳した順と出版順はちがうので、これが最後の作品というわけではありませんが。

 一応僕はこれまでに出ていた村上春樹訳のチャンドラー作品を出版順に読んできました。『ロング・グッドバイ』が2007年に出たので足かけ10年読んできたことになります。10年と書くと、

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ERNEST HEMINGWAY 『A FAREWELL TO ARMS』

★★★★☆

 Random Houseから出ているVintage Classicsシリーズで読みました。新潮文庫『武器よさらば』(高見浩訳)も同時に読んだので、読み終えるのにけっこう時間がかかりました。
 具体的には片手に一冊ずつ持ち、英文を何行か読んだあとで日本語訳を確認するという読み方です。最初は立ったまま電車で読むのが大変でしたけど、慣れるとなんとかなるものです。

 高見浩訳のヘミングウ

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J.D.サリンジャー 『ナイン・ストーリーズ』

★★★★☆

 2009年にヴィレッジブックスから出た新訳版(といっても、もう9年も前ですが)。訳者は柴田元幸。
 いまでは文庫化されています。僕は当時買ったハードカバーを引っぱりだしてきて再読しました。

 シンプルな装丁とやわらかいクリーム色が素敵です。サリンジャーは自著の装丁には滅法うるさかったようで、それは翻訳本でも変わりません。写真や絵を載せるのもだめだし、解説をつけるのもNGだそうです

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岸本佐知子編訳 『変愛小説集Ⅰ』

★★★☆☆

 2008年刊行。2014年に文庫化されているオムニバス本。恋愛ではなく〝変〟愛という似て非なるところが岸本佐知子風味です。収録されている作家もニコルソン・ベイカー、ジュディ・バドニッツと岸本佐知子が翻訳している方がちらほら。

 シリアスなものから掌編的なもの、小話風といろいろなテイストが味わえます。とはいえ、ストレートな恋愛小説はありません。七色の球種を備えているけど、直球は投げ

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ジュディ・バドニッツ 『イースターエッグに降る雪』

★★☆☆☆

 ジュディ・バドニッツの長篇処女作。通算二冊目の作品。訳者は木村ふみえ。1999年刊行。翻訳版は2002年。

 祖母、母、娘、孫と四世代にわたるサーガというところが、トンミ・キンヌネンの『四人の交差点』を思い出しました。とはいえ、テイストはかなりちがいます(寒そうなところは似ていますけど)。

 前半部分の祖母イラーナが寒村から亡命してアメリカに行くまでと、子供が産まれ、孫が産まれ

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