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恋人からの愛っていつから信じれた?

みなさんに聞いてみたいことがあります。みなさんは、いつから恋人の愛を信じられましたか?

というのが、私が中学生や高校生だった頃、「私の恋人にも(私に向けた)愛がある」と信じられずにいました。信じられないというか、そういうものが本当にあるのだと理解ができないという感じです。

いまとなっては信じられなかった理由がわかるのですが、当時の私は……というよりも、わりとつい最近までの私は、「恋人のなかに(私に対する)愛がある」ことを信じられていませんでした。

みなさんの場合はどうですか?

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恋人からの愛について話してみたい

みなさんこんにちは、あいみです。今日も話していこうと思います。

今回はちょっとテーマのあるものとして……えーっとなんだったっけ、あ、「恋人の愛っていつ信じれた?」というテーマで話していこうと思います。

今回も外から録っているので、外の音が入ったりとか、風が強いと風の音が入ったりするかもしれませんが、それもよかったら楽しんでいただければなと思いつつ録ってみています。

今日のテーマをもう一回言ってみるんですけど、みなさん、今までに多分恋愛あるんじゃないかなと思いますが、恋人からの愛っていつ信じれましたか?

ちょっと聞いてみたいと思っています、みなさんの場合はどうでしょうか。

相手の中にある恋愛感情を信じられない

なぜこのテーマを今回話してみようかと思ったかというと、今の私は結構信じれてると思ってるんですが、過去の私は全然信じられなかったんです。

例えばなんだろう、学生の時、中学生の時とかって、私は女性なので……女性なのでというのはなんだかな、私は女性の見た目ですし女性として暮らしてきたから、クラスの女の子や友達と、誰か好きとかいう話をするわけですよね。

女性っていう生き物である私たちの中には、恋愛感情とか誰かを愛しく思ったり寂しくなったり悲しくなったり……みたいな、恋愛によって起きる感情があるというのは、みんなと話してるのでなんとなく理解ができたんです。

でも、私は当時2,3人ぐらい、中学高校でお付き合いをした方がいて、その時の私の恋人はみなさん(見た目でいえば)男性で、男性のみなさんにも同じように、恋愛感情……というか、恋愛の相手や恋人のことをすごく愛しく思うとか、会えないことを悲しく思ったり寂しく思ったり……みたいなことが起きているっていうのはどうにも信じられなかったんですね。

なんでだろうなと思った時に、当時私の通ってた学校は中高一貫校で、田舎で世間も狭いし、噂とかたくさんあるじゃないですか。

どうも聞いてる噂によると、私たちの学年は、例えば一個上の学年とか一個下の学年と比べたときに、異様にカップルが多いぞ、みたいなことを聞いたりしたんですよ。

恋愛をファッションのように捉える

それでなんとなく私も、自分もそうだったなって反省もあるんですけど、恋愛をファッションのように捉えてた時期があったと思うんですよね。

私もともとすごい田舎で育って、車もないと移動できない、同級生もギリ40人41人とかでギリギリ2クラスで小学1年生から入学できた、みたいな感じだったんです。

でも中学1年生になったら学年が250人、急に同級生だけで6倍という人数になったんですね。その中でみんな恋愛したい、彼氏が欲しい彼女が欲しいみたいな。

それでいわばスクールカーストが上の子たちから順番に、誰々が付き合ってるみたいなのが流れてきて、その中に私も乗っかっていくわけなんですけど。

その中で、恋愛がファッションみたいな、私のことを好きって言ってくれる人がいたらちょっと付き合ってみようかなとか思う期間もあって。反省ですけどね。

恋人のなかの愛を信じる

当時の私は、女の子側の私たちには、好きという感情とか、その感情のために胸が痛くなったり寂しくなったり悲しくなったり、もちろん嬉しい感情、連絡が取れると嬉しい会えると嬉しいみたいな感情があるっていうのは理解ができてたんですけど、男の子側のみなさんに……

ここで男性女性だけに区切るのもあれですけど、当時の私の価値観でいうと、男の子側のみなさんにもそういう感情があるっていうのを信じられなかったなと思います。

そこから時を経て、いつ私は信じられるようになっただろうと思うと結構最近で、いまの恋人でやっと信じられるようになったかなと思うんですよね。

大学生の時にも長くお付き合いした方がいたんですが、彼とはちゃんと恋愛をしたと言えばそう言えるとも思うけど、今とは私もかなり価値観が違ったので。なんかこう受け取りきれてないものや、渡しきれてないものがあったかなとか。

一つ前の恋愛で言えば、言葉を選ばず言うと最悪!っていう感じで、私の中にかなり原因があると思ってるんですけどね。

私が自分を満たすっていうことをできないままに恋愛をしてたし、相手に求める、満たしてほしいと思うみたいな感じの恋愛をしてたので、なおさら相手の中にちゃんと愛情があるみたいなものを信じられなかった。

自己愛と信じること

それからいろいろ起きて、会社員辞めたりライフコーチになったり、韓国に留学したり実家で家族との関係して築き直してから私はドイツに来たんですけど。

その過程の中で、私は大丈夫だと、私一人で生きててもちゃんと自分のことを満たせるなという、いわゆる自己愛みたいなものだと思うんですけど、それが満たされた状態になった後に出会ったのが今の恋人で、今の私は恋人の中にも愛があるんだな、私に向けられた愛が確かにあるんだなって受け取ることができるようになったわけですが。

そんな感じで今日は話してみました。みなさんの場合はどうでしょうか。例えばいま恋人がいる方いらっしゃれば、相手の愛を信じられてる方が多いのか、それとも確かに私も信じられてないかもっていう、過去の私と近い方がいらっしゃったりするのか。

どうかなとか思いながら、別にこれは信じられないことが悪いとか、否定されるべきだっていうものではないと思うんですよね。

でも私は、過去の「相手の愛を信じられなかった」時ってちょっと苦しかったし、それをたどっていくと自己愛みたいなものにたどり着いたわけなんですけど……という期間があったので、その話を今日は皆さんと共有してみたくなって話してみました。

ということで、今日も聞いてくださってありがとうございます。

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