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广场ダンスでステップを踏め

 上海の冬は寒いが、上海人は熱い。景気は冷え込んでいるらしいが、周りの中国人は厭世的になることなく、人生に真っ直ぐ向き合っているようにみえる。俯瞰して達観する振る舞いを客観視できる大人であるような勘違いしている私には彼らから学ぶことは少なくない。

  中国の現法会社と私の居住地は歩いて僅か10分の距離にあり、その間には比較的大きな公園がある。そこには若い家族やカップル、年長者たちが日々思い思いの時間を過ごしている。敢えてそこを横切るように歩いて会社の行き帰りをしている。上海の今を吸い込んで異国の雰囲気をチャージする。

 帰宅の時間帯、年長の女性集団がダンスしている様子が目につくようになった。多種多様な人たちが行き交う公園ではあるが、その女性集団は毎回少しづつ異なり、いくつかのグループが存在するようだ。

 音楽はミドルテンポのダンスミュージック。そのビートには中国語の哀愁漂うボーカルが載せてありながら身体を揺らすためのトラックに編集されている。高出力のスピーカーからは4ビートの重厚なリズム。女性たちはまるでラジオ体操をするように無表情にダンスをしている。あるグループはお揃いのユニフォームでなかなか難易度の高い振り付けのダンスを披露している。また、あるグループは音楽無しで初心者へのレクチャーをしている。更には一人で動画サイトを見ながら練習している熱心な人もいる。基本的に年増のおばさま方であり、一様に真剣で笑顔がないのが特徴的だ。

 日本でクラブカルチャーが浸透し、そこで様々なダンスミュージックが育まれた時代に若者として生きていた一人として、この公園に鳴り響くダンスミュージックはとても新鮮だ。元々ダンスミュージックとはアングラな雰囲気の中に酒や煙草やドラッグやセックスなど危険な香りのするカルチャーの一部だったはず。それがワールドワイドに市民権を得て、巡り巡って中国大陸で別の進化を遂げ、この公園でビートを刻み、おばさま達にダンスを踊らせている。

 現地の中国人に尋ねたりネット記事で調べたりすると、これは中国全土で見られる社会現象であり、广场舞(広場ダンス)guǎngchǎng ma と呼ばれるらしい。10年くらい前から年配の女性の間で熱烈に支持されて、徐々に広がって今では完全に定着している模様。大音量でのダンスミュージックを必要とすることから、騒音の社会問題にもなっている。私の部屋からも低音のビートが聴こえることがあり、若者が改造車でウーハー効かせた音楽を大音量でかけていると勘違いをしていた。ここでは日本と違って年配の女性たちが社会から僅かに逸脱して存在感を示している。そこでの逸脱の仕方があまりにユニークでどのように解釈すれば良いのか。

 会社の中国人の同僚が解説してくれた。中国では年増のおばさま達は我が子の子供達、つまり孫の世話に都会に出てくることが一般的。おばさまの夫を地元に残したまま。中国では共働きが基本であり、ベビーシッターを雇う経済力がある夫婦以外はこれが通常モード。家族と経済を重視する中国はすでに現役を終えた男達の犠牲や割り切りの上に成り立っているようにみえる。

 おばさまは基本的に家事や孫の世話で日中は忙しい。夕方以降は孫の両親が帰宅してバトンタッチ、比較的時間が空くので同じ境遇の人達と公園に集まってダンスをするという構図。おばさま達が集まることは理解できるのだけれど、なぜダンスミュージックで踊るという選択肢を取ったのだろうか。別におしゃべりをしたり、散歩をしたり、お茶したり、と他にもすることはあるはず。なぜ4ビートに載せて真剣な面持ちでダンスをするのか。中国人の同僚は解説を続ける。おばさま達が若い頃はまだ貧しくて娯楽もなく生きることに精一杯だった。今、たまたま都会に出てくる必然と共に、ようやく時間的余裕が生まれて何かを楽しむことに貪欲なのだと。ダンスミュージックの享楽的なリズムと、懐メロ的な中国歌謡のマッシュアップが上手くシンクロして彼女達にステップを踏ませる

 これは広場ダンスの一般論であり、個別の事情があるだろう。でも、あまりに文化的、社会的な文脈が色濃く感じられて、随分と切ない気分になった。あの私が体験したアンダーグランドな危険な香りのするサブカルチャーが巡り巡って、中国では体操のようなエクササイズになって、おばさま達を熱くしている。そして私も若者を終えておじさんとしてこの地に立っている。この切なさは時間の経過をまざまざと見せつけられた事、つまり自分が歳を重ねたこと、世界は目まぐるしく動いていることを同時に切り取って目の前に突きつけられたことに起因する、多分そういえばあの享楽的なダンスミュージックはメランコリックな旋律との馴染みが良かった。原初のテクノニュージックであるRhyhm is Rhythm-Strings of lifeが頭の中で再生された。

 執拗に繰り返される4つ打ちの強いビートは時代を超えて、夕暮れ時の上海の公園で今鳴り響く。おばさま達が踊り、その横を私が家路に向かって急ぐ。田舎に残された初老の男は一人、煙草の煙でも燻らせているだろうか。

 大好きだったジェフミルズやデリックメイにこの現象と、私の感情を伝えたい。きっと考え過ぎだと笑い飛ばしてくれるはず。何も考えずにお前も広場ダンスでステップを踏めと言ってくれるだろう。

アイコン引用:chojugiga.com


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