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#短編小説

殯の宮(もがりのみや)

殯の宮(もがりのみや)

黄土焼きのべんがらを塗りつけた、艷めく朱色の四柱に囲まれた寝台。
その寝台に、八重咲きの玫瑰が朝露の泪を堪える様で、丁重に寝かされているのは、姥太母。
姥太母は、大きく黒い体の、売り払えば農場主の懐を豊かにさせるほど丸々とした子を何匹も産んで、その一つ一つに同じぶん愛情を振り撒き、満福の腹を抱えて、優雅に午睡を貪る気高い母豚の眠りの底に居た。
姥太母の意識は起きていたけれども、どうしても瞼が言うこ

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卵顔の女

卵顔の女

卵顔の女を知っているか、いやいや、そうじゃないお前の生活圏三km以内の、鼠の縄張りよりも狭苦しい、ごく限られた世界にいる、のっぺりとした顔をなんとか化粧で立体的に誤魔化している、つまらない人間の女ではない。
おれが言っていることは、本当に卵の殻のかんばせをもった女のことだ。
なんでも、鶏卵と同じ成分の、炭酸カルシウムと諸々のもので作られた女の顔は、なうての占い師が、両手で念波を送り、運命の女神に少

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私は主の端女です、言葉通りこの身になります様に。

私は主の端女です、言葉通りこの身になります様に。

夜霧粒で出来た白亜城の地下、狩猟の誉れとして雄々しい角を生やしたまま、額縁に捕えられた鹿の生首。
骨灰磁器の肌を持つ、何もかもが完璧な髪と体であるのに、頭だけがない貴婦人像が、墓標より大勢詰め込まれている、凍てつく死気の満ちた部屋があった。 
宮廷お抱えという名目で、詩吟もののジュアンは、その冒涜じみたおぞましい部屋に、ラヴェンダー色の玉髄の寝台脚と自身の生白い足とを、龍紋瑪瑙の鱗礫をなびらかせた

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マクシミリアン・レンツ《ひとつの世界》より

マクシミリアン・レンツ《ひとつの世界》より

(タイトルに表記されている作者の絵画作品を元にした文章です。)

黒曜石の肌を持つ人の伝説にも、象牙の肌を持つ人の寝物語にも、黄楊木の肌を持つ人の神話にも、世界の果てには、途方もなく美しい、夢幻と至高の子にも等しい、桃源の花咲く園があり、そこで麗しの乙女達が毎晩のように踊り狂っているという言い伝えがありましたが、勿論、それは紛れもなくあったのです。
けれども、それは魂の奥底で、心髄で、どうしようも

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渾沌胡乱な街

渾沌胡乱な街

片脚義足のバレリーナは、一回転〈ピルエット〉の時に中心軸を任せられる自慢の左脚に油を差しながら、真空管ラジヲから流れる、音質の悪いニュースに耳を傾けていた。
天気予報で明後日の雨のことを知り、憂鬱になる。
神経痛に悩まされる日々には、仕方がないとはいえ、もううんざりだ。
その気持ちを、先日太っ腹なパトロンから貰った真絹のトゥシューズを箱から出して眺めることで、豊かな気持ちで上書きし、何とかその日を

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アップルタルトタタンの魔法

アップルタルトタタンの魔法

ある日、男の子が夕暮れ時の道を歩いていると、なにやら不思議なものがものが降ってきました。
それは、真っ赤になった木の葉っぱで、初めて見た男の子は「たいへんたいへん!夕暮れ空の欠片が落ちてきちゃった!」と思いました。
見上げると、空からどんどん赤い葉っぱや、黄色いもの、オレンジ色の葉っぱまで落ちてくるではありませんか。
「どうしよう、このままじゃ空が割れて粉々になっちゃう!」
男の子は、家まで一目散

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老人と白鳥

老人の財産と言えるものは、一枚の白鳥の羽根と、長年連れ添り、毛がぼさぼさになっている一匹の驢馬しかいなかった。
元々、農民出の老人は、あまり金に価値を見い出せなかったし、家も小さかった。
けれども、いつも小綺麗にしてあって、老人が一人で生活する分には申し分なかった。
老人は月夜になると必ず、月がよく映る湖へ、驢馬と一緒に散歩に出かける。
その水面に、笹舟を浮かばせるようにして、白鳥の羽根を置いてや

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月桃の花と象牙の女

月桃の花と象牙の女

港を牛耳っている商人の家には、それはそれは大きな物置がある。
そこには、もう買い手がつかなくなって処分に金もかかる骨董品や、祭りの日にしか使わない錆びた祭具のようなものがどっさりと仕舞いこんであった。
古物の密林の中で、ひっそり隠れ住むように置かれた、品物の中に、三日月のように弧を描いた象牙があった。
象牙には、女の精が宿っていた。
女は、物置の窓から毎晩のように本物の月を眺めて、ため息をついて

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