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ショートショート【虚像へ向けた真実の愛】〜わたしが愛した彼はニセモノ?〜

全部どうでもよくなっていた。
小学校、中学校とまじめに勉強し、高校はそれなりの進学校に入り、ここまでは順調だった。

くずれたのは高校2年の夏。
交通事故に遭った。
それから3カ月の入院生活。
友達が毎日ノートを届けてくれたし、オンラインで学習する方法もあった。
でもなんか、どうでもよくなってしまったんだ。

周りの期待に応えるために努力を続けてきた17年間。
学校に行かないと、普段考えない色々なことを考える。
楽しかったことってなんだっけ。
これがやりたいことなんだっけ。
わたしは自分の意志で、わたしの人生を降りた。

それからの高校生活は、他校の友達とつるみ、勉強は落第しないギリギリのラインをキープし、遊びほうけた。
大したことはしていない。放課後にゲーセンに行ったり、休日は電車で20分かけて、地元の近くで一番栄えている街に繰り出したり。
でもそれが、そのときわたしがやりたいことだったんだ。

高校を卒業してから、ご多分に漏れずわたしも上京し、憧れのアパレル店でアルバイトを始めた。

友達と渋谷の居酒屋で飲んでいるときに話しかけてきたのが、"彼" だ。
男友達と飲んでいた彼ら。暇つぶしに声を掛けてきたんだって、すぐにわかった。
「どこらへん住んでるの?」
「アパレルの仕事してるんだ、俺もなんだよね」
たわいもない話題から入り、共通点を見つけては喜ぶ。ナンパの常套手段だ。
それなりにファッションに気を遣ってるわたしは、それなりにはモテるし、いつものことだった。
でも、そこからが、彼は違った。

「俺、今は高円寺のイチ店員に過ぎないけど、将来絶対自分の店を持ちたいんだよね。で、絶対ビッグになるんだ。世界的なデザイナーになる。そのために、買ったの。このロレックスの時計。このローンを返済するころには、俺は絶対ビッグになってる。このロレックスの身の丈に合うような男になるんだ」

大口を叩く男友達はいたけれど、すでに実行に移してる人は初めて見た。
得体のしれない彼の迫力に、わたしは圧倒された。

何回か遊ぶうちにわたしたちは付き合うようになり、「家賃をそれぞれ別々に払ってるのはもったいないよね」という彼の提案をもとに、いつのまにか彼は自分のアパートを解約し、わたしの家に住みつくようになった。

おかしくなり始めたのは、その頃からだ。
「スマホが壊れちゃってさ、クレカ貸してくんない?」
「昔っからのツレに飲みに誘われて、二万だけ、ほんとゴメン」
今思うと、クレカなんか貸すもんじゃないし、飲み会に二万なんて高すぎる。
でもそのときは、そんなことにも気付けなかった。
わたしがちょっとがまんすれば、彼がビッグになる夢に近づけるのなら、むしろ助けたいと思った。

その数日後、彼は急に帰ってこなくなった。
驚いたけど、心の底から驚いたわけじゃない。
いつかこうなる気はしてたけど、その現実が来るまで、この日々に浸っていたい。そう思って、今まで先延ばしにしてきたんだ。

その日は彼に電話を掛けたけどつながらず、翌日にわたしのスマホの着信が鳴った。
「急にゴメンね。お金は今度返すから。あとさ、初めて会ったときからわかってたんだ。〇〇、人生どうでもよくなってたっしょ。そういう人って、夢追ってる人に憧れんのよ。自分じゃできないから、客席から応援して、自分ががんばった気になってんの。その感じ、出ちゃってたよ」
──電話は切れた。なにこれ、急に後ろから後頭部をブン殴られた感じ。悔しい。

彼は、わたしが求めている理想の男を演じ、わたしはそのニセモノを愛した。
でも、愛してたのは本当だった。 
ニセモノを本気で愛した、この愛って、ホンモノと言えるんだろうか。
少なくとも、わたしにとっては、ホンモノだったけど。

高校の頃、わたしは中途半端に人生を投げ出した。自分で選んだくせに、悪いほうのパラレルワールドを歩んでいる、被害者のような気分を味わっていた。

わたしよりももっと過酷な環境でもがんばっている人はいるのに、ちょっとした挫折を大げさにとらえて、人生をまるごと捨てている自分の姿に酔っていた。

もう一度、本気で自分の人生をやってみたくなった。

彼の最後の言葉から感じた悔しさを胸に、自分の手で成功を掴みたくて、アパレルの仕事に全力で向き合った。
今わたしは、全国展開する有名アパレルブランドのオーナーになっている。

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