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A君のアパートに招かれ、私たちは一緒に勉強をして‥

 大学一年の時に、北京語スピーチコンテストで優勝したA君。トロフィーを片手に教授たちと握手を交わして談笑していました。

私はこの時負けるべくして負けたので、全く悔いもありませんでした。ただ来年は私が優勝する、と思いました。

中国語学科は2クラスあって、私とA君はクラスが違っていましたので、それまで言葉を交わしたことも多分なかったと思います。コンテスト以降も別に特に接点もなく、無関係に過ごしていましたが、二年生のスピーチコンテストで、彼も再び選ばれてきました。

もう二年生なのでその頃には、学年の中でも大体の成績も、中国語への情熱も語学センスも明白になってきていて、私とA君以外のメンバーは、一年の時とは少し様変わりしていました。

 ですが、私はそんな事はどうでもよくて、去年K先輩のスピーチにインスパイアされているので、今度はちゃんとパフォーマンスとしてのスピーチを自分なりに作り込んでいきました。

 私が優勝すると、A君は熱血教師が愛する生徒を抱きしめるがごとく、勢いよく足早に私の所に寄って来て「おめでとう!スピーチ素晴らしかったよ!」と私に握手を求めてきました。

・・・何その学園ドラマみたいなセリフは・・。

私は自分の中で試してみたかった話し方を試せて、緊張もせず自分が思い描いた通りの調子で終始発表できたことに満足していました。

頭で思い描く通りのパフォーマンスがしたい、というところに意識を強く持っていると、緊張という事も忘れていました。

頭の中にはK先輩のスピーチイメージがあったので、同じ学年の誰もライバルと思っていませんでした。(ちなみにその年は、K先輩は留学中で不在。)

「はあ・・・どうも・・。」

と手を差し出そうとすると、A君は先にぐっと手を伸ばして、がっちりと固い握手を交わしてきました。

(・・・いちいち暑苦しいやっちゃな・・・。)

それ以降、何故か友達のように挨拶してくるようになったA君。スピーチ同様、ちょっとクドい感じで絡んでくるのです。

あれ?もしかしてこの人は私の事を「お互い切磋琢磨してるいいライバル同士」みたいな目で見てるんじゃないかと思い始めました。

 私は元々好きなこと以外には、殊の外無関心、無頓着だし、不器用で鈍いから、他の人と一緒に何かしてもついていけない、と思っているので、私的には相手に迷惑をかけない為に、相手に良かれという気持ちがあって、何かを一緒に高め合おう的な事には全く興味がありませんでした。

無題16

 ところがある日、間近に迫ったボキャブラリーコンテストだったかの前に、A君が一緒に勉強しよう、と言ってきたのかな~。よく覚えていないのですが、とにかくA君の家に来るように誘われたのです。

私はそれまで勉強というのは一人で自己完結型だったので、わざわざ誰かと一緒に勉強する、という意味がわかりません。どちらかが教える立場というなら理解できます。

「・・・ボキャブラリーって、自分で覚える以外の勉強法あるの?」

「や、俺はジェントルマンだし、悲しいけど皆から安全牌って呼ばれてるから」と聞いちゃいないことを何か言っていましたが、

「やろうよ~。二人でお互いに問題出し合ったりしてさ~」

とりあえず会話を早く終わらせたくてA君宅に行く約束をしました。

日曜日、同じ町にあった近所のA君のアパートを訪れると、ドアを開けたA君に「よっ!」と軽い感じで出迎えられ、二人で黙々と単語の練習をします。

私は昔から暗記は、ひたすら書きながら覚えるタイプなので、そこでもノートにひたすら単語を書き綴っていきます。

その間A君は、自己紹介みたいな事を延々話しています。

ご自宅が大企業で(地元では結構誰もが知ってるレベル。私も聞いた事はありました)、自分はその次男で、お兄様が自分と違って優秀で、自分は誰にも期待されてなくて何タラはんたら・・夢らしきものも聞いたかもしれません。(←覚えてない)

適当に相槌をうちながら単語の練習をしていると、A君がいきなり

「ハザカイさあ、Rが『ユウちゃんにフラれた』って落ち込んでたぞ」

「はあ?!・・・・・ああ・・・。」

何だ・・この人、そういう繋がりで私の事知ってたのか・・。私が全く無関係と思っていたA君は、うちのクラスのR君と友達で、彼から私に告白してフラれたのだと話を聞いていたらしいです。

でも、それは入学したて、まだ間もない頃の話です。今は二年生の秋頃。 今更引っ張り出してくる話題なんでしょうか。いきなりその話題を振ってくる意図がつかめず、私は訝しげにA君を見上げました。

(入学初日のクラス分け自己紹介で、インパクトの強い自己紹介でドッカー~ンとウケて、ちょっと目立ったR君。クラス分け翌日か翌々日くらい(←知り合って二日目か三日目くらい)で「なあ~ユウちゃん俺と付き合わへん?ユウちゃんと俺が付き合ったら、めちゃめちゃ話題になるで~」というノリでした。)

え?それでOKする人います?大体誰が話題にするのか・・。

わざわざそんな説明をA君にするのもめんどくさかったのですが、あんな適当な告白で、友達に言うほど落ち込んでいたというのが事実だとしたら、ちょっと意外な気持ちがしました。

・・それにしても「いつの話だ」って話。

「・・・へえ~。だって冗談みたいな軽いノリだったから」

「だから、それは男の照れ隠しってヤツだって~!!」

全く男心がわからないヤツだな~と言わんばかりに大笑いしながら片手で机をバンバンたたくA君。

「・・・・・・(一体何がしたいの?)」

何が笑うところなのかも私にはさっぱりわかりません。

大声を出して少しテンションが上がったのか、A君はおもむろに立ち上がって、部屋を出て行きました。

「?」

暫く台所でガサゴソやっていたかと思うと、手に牛乳とボールを抱えて戻ってきました。

「あ、そう言えばお前さ、フルーチェ好きって言ってたよな。」と言うと、ボールに入ったフルーチェピーチの箱を取り出します。

「あっ♡!」(←急にテンションが上がる私)

「お前さあ、フルーチェだったら何味が好き?」

「イチゴかピーチ!」

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「俺も~!あ~良かった~買ったのがピーチで。」

A君はボールに入れて持ってきた計量カップで注意深く牛乳を測ってフルーチェを作り始めました。(←えらい!薄めのフルーチェなんて食えたモンじゃありませんから!)

・・・私、いつこの人にフルーチェが好きだって言ったかな~。「甘い物好き?」って言われて「フルーチェが好き」って答えたんだったかな・・・。思い出そうとしましたが、わかりませんでした。

「フルーチェってさ、ボールのまま食べるって結構夢じゃね?」

と、ちょっといたずらっぽい目をして、とびきりの笑顔でA君は、自分の分を小さいお皿に取り分けると、ボールのまま残りを私に渡してきました。

「えっ、いいの?!ヤッター!」

私も満面の笑みでボール一杯のフルーチェをいただきます。(←って言うか私はボール食いが通常ですが。)

幸せな時が流れました。

そうして、お互い問題を出し合うまでには至りませんでしたが、単語の勉強を続け、バイバイする時には私達はすっかり打ち解けていたのでした。

「これからも頑張ろうな!」と手を差し出すA君には、(イチイチ青春ドラマみたいなやっちゃな~)とやっぱり微妙な気持ちでしたが、思いの外、清々しい気分で帰途についた私なのでした。

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私の中ではA君との思い出はこの一つだけしかないのですが、一つだけなのに何か印象に残っているエピソードです。次回は社会人でコンテストに出る話です。      続く→

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