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「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」 最終回 第17回 『カレンダー』と別れの季節

谷川は、大滝詠一から次のアルバムは"カレンダー"をモチーフにしたいと持ち掛けられた。一緒に企画を練り、レコーディングをはじめたところで人事異動を告げられた。

カレンダーの12曲

谷川が大滝詠一から「カレンダーをモチーフに、正月からクリスマスまで歌にしたい」という企画を持ち掛けられたのは、1977年夏前、エルヴィス・プレスリーが亡くなる8月よりずっと前のことだった。

「カレンダーというアルバムを、1年の締めに作っておきたいです。」
「カレンダーということは、12曲の曲を作るということだぞ。お前、12個も作れるの?今までから考えても。」
谷川は、これまでの経験をふまえて、大滝の意志をたしかめた。 

「だけど、色々な歌がやってみたいんです。"歌"がやりたいんです。エルヴィス・プレスリーのロックン・ロールやバラードなど、違ったタイプの曲を詰め込んでみます。」
「うーん、カレンダーか。まぁ、面白そうじゃん。じゃぁ、次はそれやろうぜ。」
谷川は、微笑みながら、「カレンダー」というテーマで進めることに対し、ゴーサインをだした。

アルバムを売り出すという時にはテーマがあった方が強い。例えば、これまででは「トライアングル!」や「CM!」がテーマだった。どうせやるなら面白いことをやりたい。

カレンダーといえば、アーティストのカレンダーを毎年、コロムビアも作成している。ものによっては、みんなが欲しがる販売促進グッズでもある。今年のコロムビアのミニ・カレンダーには、やまがたすみこと大滝詠一が写っている月がある。来年は、シリア・ポールと一緒に売り出していくことを考えて、二人のショットの撮影もした。

新しいアルバムは、カレンダーというコンセプトにあうのであれば、これまでの曲だって入れてもいい。「この月には、これだ!」という打ち出しがしっかり出来ることが大切である。谷川は、大滝にしっかりと曲をそろえるように話をした。

コロムビアとナイアガラの契約上、今年もアルバム発売は4枚であり、これまでCM、シリアと順調なほうだが、曲を作ることを考えると、オリジナルのほか、カヴァーなども入れてもう1枚稼ぐ必要がある。

多羅尾伴内楽團

谷川は大滝詠一のことを"お前"ということもあるし、“伴内”と呼ぶこともある。“伴内”は、2人だけの隠語のようなものである。この“多羅尾伴内”という名前も一生懸命売りだしていこうという話を元々していた。

『CMスペシャルvol.1』を出すときも、『多羅尾伴内CM作品集』としようというアイディアもあったほどだ。この線で、日本人の琴線に響く、哀愁さうんどのカバー集『多羅尾伴内楽團』として、カレンダーに続き、もう1枚を作る計画を練った。 

会社の企画会議では、『多羅尾伴内楽團』というアルバムを出すと提案した後、同僚から冷やかされた。

「探偵みたいな名前つけて、これ、いったい何なんですか。」
「いいんだ、おれがやっているんだから。」
ほっといてくれと、引き取ってみたものの、社内の反応がそれほどよくない。

まずは、7月に出した「青空のように」が売れてくれればいいのに、と谷川も頼むような気持だった。

別れの季節

「谷川さん、部長がお呼びです。」
人事から呼び出しを受け、谷川はなんだか一方ならぬ、胸騒ぎを覚えた。

本社の階段を小走り気味にのぼって、部長室へ入ると、
「社内で次の新人が全く出てこないので、谷川くんにお願いしたい。次の人事異動では、新しい人をやってもらう。」

部長からの急な人事発令があり、谷川は一瞬我が耳を疑った。

これまでもレコーディング途中での人事異動は、何度か経験している。森山加代子「白い蝶のサンバ」の時もそうだった。

しかし、今、告げられることは、これまで以上に予想外の話だ。

「今の大滝は、まだ育成段階だと思う。大滝、売れなくなるよ。」
谷川は部長に抗議した。
「ちゃんと育っていると思うよ。全部独自でレコーディングも出来る。」
部長は、意に介せず、冷たい言葉がかえってくる。 

コロムビアにも日立資本が入って、人事異動も日立系列の一環として行われる。全く現場を見ていない管理職にとっては、レコード事業は電機製品のラインナップの1つぐらいにしかみてないのだろう。

音楽制作の論理は通用しなくなっている。大滝のアルバムは、今の程度の売れ行きでよいのか、社内評価はその程度なのか。まだまだ、今の10倍は売れるはずだと、谷川は腹立たしさを覚えた。

その一方で、約2年間ずっとナイアガラを任せてもらいながら、ヒットを出せていないのも事実である。組織の決定事項には、これ以上抵抗しても仕方がないのかもしれないなとも思った。

谷川は、福生に向かい、大滝の家で、この後一緒に作品を作ることが出来なくなったことを告げ、詫びを入れた。これまで"面倒見る"と安心させてきただけあって、大滝の憤りも大きかった。谷川は、ディレクターといえども企業の人事には逆らえないと、逆になだめる立場となった。

大滝は谷川と離れ、引き続き、12月25日の発売に向けて『カレンダー』の録音に励んだ。

コロムビアでは、大滝の希望とは別に、『カレンダー』より先に、年内に『多羅尾伴内楽團』を発売することが決まった。

谷川は、『多羅尾伴内楽團』のタスキの文字が『トライアングル』から続けてきた、ドンドンドン!というインパクトの強いものでなくなり、そこからしても不満だった。

そんな頃、谷川は坂本龍一とコロムビアのスタジオでバッタリ出会った。坂本はスタジオミュージシャンとして忙しくしている。社内の若いディレクターともよくやっている。

「ヤッホォー。今日、どこで録音やっているの。」
谷川は、いつもの通りあいさつした後、
「おれ、ナイアガラ・レーベルじゃなくて、全体のことをやってほしいって言われてさぁ。大滝のこと、首になったよ」
と、冗談めかして打ち明けた 。

気持ち的にも、周りに話す余裕ができてきたのかもしれない。
「谷川さん、クビかぁ。」
坂本が微笑みながら答えるのを聞き、"自分は大滝担当を外れたんだ"と、谷川は実感した。

「谷川さん、麻雀やるから、この後もいてよ。」
新しいアーティストから大滝のように声をかけられて、夜を徹して付き合うことはあるだろうか。

「谷川さん、朝ごはん、食べていかない?」連日レコーディング論を交わし、寝ずに、朝5時から福生駅行きのバスに飛び乗るような生活は、これからの人生で果たして何度あるだろうか。


上司に叱責されながらも、売れると信じて、"ONDO"として売り込みをかけた「ナイアガラ音頭」。よくできた曲「夢で逢えたら」。今でも、傑作だと思うが、大滝詠一があれらを超える作品を生み出すことはできるだろうか。

そんないくつもの思いを抱えながら、谷川は、青春の形見“ナイアガラ・レーベル”に別れを告げ、次の現場に向かうこととした。 

<一言コラム>シャルル・オンブル楽団(別ページにリンクします)

はい、いかがでしたでしょうか。

最終回「『カレンダー』と別れの季節」 でした。

次回は、エピローグを予定しております。それでは、また、本NOTEにて、お目にかかりたいと思います。Bye Bye!

  2022.03.07
  霧の中のメモリーズ

連載一覧は、こちら
「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」(noteマガジン)

(これまでの回一覧)
はじめに <2021.10.25>
第1回 プロローグ(舞台袖の谷ヤン) <2021.11.15>
第2回 コロムビアレコード移籍 <2021.11.22>
第3回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング <2021.11.29>
第4回 『ゴー・ゴー・ナイアガラ』放送終了危機<2021.12.06>
第5回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング パート2 <2021.12.13>
第6回 ナイアガラのパッケージ・デザイン<2021.12.20>
第7回 ナイアガラのパッケージ・デザイン パート2 <2021.12.27>
第8回 『ナイアガラ・トライアングル』プロモーション <2022.01.03>
第9回 「ナイアガラ音頭」プロモーション <2022.01.10>
第10回 難産の『ゴー!ゴー!ナイアガラ』 <2022.01.17>
第11回 ついに『GO! GO! NIAGARA』発売 <2022.01.24>
第12回 『SUMIKO LIVE』 <2022.01.31>
第13回 『ナイアガラ担当2年目の谷ヤン』 <2022.02.07>
第14回 『ナイアガラCMスペシャル』発表 <2022.02.14>
第15回 ガール・シンガー、シリア・ポール <2022.02.21>
第16回 ファースト・ナイアガラツアーと「青空のように」 <2022.02.28>
第17回 『カレンダー』と別れの季節 <2022.03.07>
第18回 『Epilogue』(Coming Soon!)

【一言コラム】
豊川稲荷 <2021.11.29>
日本コロムビア本社 <2021.12.13>
niagara ✕ COLUMBIA バインダー<2021.12.27>
ABC会館ホール <2022.01.03>
日本コロムビア・グランド・スタジオ・ロビー <2022.01.10>
TBS "G"スタジオ  <2022.02.07>
谷ヤンとヨーロッパ・ツアー <2022.02.28>
シャルル・オンブル楽団 <2022.03.07>