「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」 第16回 ファースト・ナイアガラツアーと「青空のように」
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「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」 第16回 ファースト・ナイアガラツアーと「青空のように」

霧の中のメモリーズ


谷川は大滝に全国ツアーを要請した。1977年6月に行われたファースト・ナイアガラ・ツアーである。同じ頃、大滝詠一名義での移籍後初のシングル曲「青空のように」が発売された。


布ヤンと谷ヤン

「谷川さん、布谷さんがお待ちですが、どうします?」
デスクで仕事をしていた谷川のもとに受付から連絡がきた。

「うーん。今、降りていくから、待ってもらっておいて。」
受付の女性に話をして、谷川が階段を下りていくと、布谷文夫がエレベータ前で待っていた。

布谷は、昨年「ナイアガラ音頭」を唄ったが、普段は川越市にある会社に勤めるサラリーマンだ。しかし、平日でも時々、赤坂のコロムビア本社に顔を出す。谷川は受付から階段を数段降りたところにあるロビーの椅子に腰掛けて、少しばかり話をした。

谷川は帯広市の出身、布谷は蘭越町の出身と、2人とも北海道内の出身だが、そんな故郷の話で盛り上がるようなことはない。布谷から、こんな曲を歌ったという報告を受けて、少し話をして帰っていくだけだ。

谷川は、口には出さないが、布谷が何を望んでいるか、おおよそ察しがついている。

日本コロムビアから、レコードシンガーとして復活し、布谷が得意とするブルース曲を歌ったソウルフルなアルバムを発売してほしいのだろう。

これまで、谷川はジャズやシャンソンなど、どのジャンルの作品でもほとんど手掛けてきている。しかし、今の布谷文夫のままでは、コロムビアで手掛けるには、メッセージ力が弱いと思っている。

今はまだ、さほど売れていないが、大滝詠一や山下達郎からは、"音のメッセージ"を感じる。これは、目の前で多くのアーティストが売れるのをみてきたディレクターとしての肌感覚だ。

売れる作品を作ること、売れるアーティストを作ること、これがビジネスである。 

そして、大滝詠一は声もよいし、面白い曲を作りたいという気持ちや覚悟も十分もっている。谷川もその思いには応えたい。

「ロック・バンドと一緒に演奏をお願いしたいんです。新しいことをやりたいんです。」
谷川は、日本コロムビアの邦楽部の社員やミュージシャンに直接頼みこみ、和洋音楽が織り交ぜられた「ナイアガラ音頭」が完成した。

そのレコーディングの時に谷川は布谷に「もっとハッピーになって、歌いなさいよ。」と声をかけたが、面白がってやらないと、ヒットは出ない。

今の布谷の「曲を聞いてほしい」という提案だけでは、自分がこういうアーティストになっていきたいというメッセージまでは届いてこない。もう一歩踏み込むなら、布谷文夫には音楽のために家庭を捨てるとか、仕事を捨てるとか、そういう覚悟がどこまであるのだろうか。

「今、会社で仕事があるんだろう。そっちの方が儲かるんじゃないかなぁ。」

直接、アーティストとしてのプライドを傷つけるような発言は絶対にしないよう、細心の注意を払いながらも、谷川は布谷に自分が手伝うことは出来ないと、暗に伝えた。


ファースト・ナイアガラツアー

初のナイアガラ・ツアーを、6月19日から29日までの10日間、大阪、東京、仙台、名古屋、福岡の5か所で実施することとなった。

本来2か月ぐらいかけて、全国あちこちでツアーをすることが、ファンサービスでもあり、新たな地方のファンを獲得することにもつながると谷川は思っているが、大滝はコンサートがそれほど得手ではない。

昨年も大滝詠一からはコンサートよりもやりたいことがあると相談があった。
「コンサートよりも、フィル・スペクターとシングルを作りに、アメリカに行きたいです。」
「お前は行く必要ない。日本でちゃんと新しいアルバムを作れよ。」
大滝からの思いがけない発言に、谷川はたしなめた。

「せっかくさぁ、16チャンネルのレコーダーを買ったんだろう。コロムビアが金出して、お前が借りているという形になっているんだから、今の16チャンネルでちゃんとやれ。」
「……でも、行ってきたいんです。」
「行くのなら、勝手に行け。」
「谷川さんだって、向こうに行ってたんだから、あちらの良さを知っているでしょう。」
大滝から不満の声がもれる。

コロムビアでアメリカに音楽の勉強に行かせてもらっていた谷川には海外の音にあこがれる大滝の気持ちもわかる。半年の予定がオイルショックの関係で2か月ほどで帰国することとなったが、事実良い経験になっている。

それでも、まずはきちんとアルバムを作って売れること、社内も含めて、出来るだけ多くの人に知ってもらうことが先決だ。 

「今はこちらで、日本のツアーをやってくれ。」
「コンサートは、1か所でお願いします。」
「そんなの、おかしいだろう。」
昨年はツアーをできず、渋谷公会堂1公演のみとなった。大滝と交わしたやりとりを思い起こすと、今年は公演先が5か所でも、よしとすべきかもしれない。

コンサートは、直接のファンとの交流の場でもあるので、ナイアガラをもっと盛り上げていきたい。

「コンサートで売っていいから、製作費なしでTシャツ作ってよ。渋谷公会堂は、2千人は入る。Tシャツなら、そのうち1千人は買うでしょう。女性だったら赤が欲しいじゃん。男だったら青も欲しいでしょう。2色は作ったほうがいいかなぁ。」

谷川は、業者にコンサート販売用のTシャツを色違いで作るように依頼した。

コンサートでは、大滝詠一以外のミュージシャンは、会場で販売されているのと同じniagaraのロゴが入ったTシャツを着て、演奏をすることで一体感が増す。

今回のコンサートの企画は、ナイアガラスタッフが自分たちで考えている。「恋の滝渡り」では、滝渡りの様子をステージで再現したり、ボールを客席に遠投したり、毎回新しいことを考える。照明のあて方などは谷川も確認する。

コンサートは、レコードと同じような音響で、同じように再現出来ないのが嫌なのかもしれないが、ファンを思ってサービスする気持ちは非常に強い。女性ファンも舞台に登場して踊ってもらうなど、楽しいコンサートとなり、谷川は満足だった。

また、今回のツアーにあわせて、"新曲"「青空のように」もステージで披露された。


「青空のように」

「お天気おばさん」としてセッションが行われてきた大滝詠一名義でのコロムビア移籍後初シングル曲は、タイトルが「青空のように」と決まった。

「空飛ぶくじら」以来、実に5年振りの発売となる。谷川は、これまで変拍子ジャズのプロデュースも扱ってきたが、この曲はドラムのパターンが次々と変わり、音も厚い、大滝渾身のポップス作品だ。

同時期には、BLOW UPからやまがたすみこの「ムーンライト・ジルバ」が発売される。松本隆の詞は、女性から語りかけるラブソングだ。

谷川は、大滝の詞にも、もっと、メラメラと燃えあがる情熱の愛や、はかない青い恋といったものが、直接的でなくても伝わってくるような表現が盛り込まれると、もっとファンが増えるに違いないと思っている。
そういった詞の在り方を大滝にも伝えているが、出てきた詞は、「ニコニコ顔」という表現、いかにも大滝らしい。

どれだけ売れるかわからないが、非常に明るい曲なので、シングルとして発売するのにはふさわしい。谷川は、マスターの欄に確認の判子を押して、シングル盤のプレス作業に回した。註)

『CMスペシャル』に続き、シリア・ポールのアルバムが出るので、今年のアルバム発売ノルマは残り2枚。次は、オリジナル・アルバムにも取り掛かろうと話をしているが、そのアルバムに先駆けたシングルとなる。

シングルのジャケットについて、大滝からの希望は”福生での大滝詠一の生活”をジャケットに刻んでおきたいということだった。

「子供がいたり、家が写っていたり、こういうので撮ってほしい。」
谷川は、東京から連れてきたカメラマンに指示した。カメラマンは、ポラロイドで、3、4枚写真を撮って、谷川と大滝に見せる。

「こういうので、いきましょうか?」
「こっちのほうがよいかな?」
カメラマンが何枚かとって相談するが、時間がかかりそうだ。明日も用事が入っているのに、このペースだと、また夜中まで麻雀をすることになる。

「俺が決めなくても、大滝が決めればいいじゃん。大滝またな!明日電話する。」
谷川は、そう言い残し、大滝に何枚かポラロイドを渡して、都内に戻った。

今回のシングル、知り合いの評論家のところに回り、雑誌で取り上げてもらおう。ひさびさのシングルである。

ヒットさせたい、と谷川は強く思った。

シリア・ポールのシングル「夢で逢えたら」は1977年6月1日、アルバム『夢で逢えたら』は6月25日に発売され、その合間を縫うようにファースト・ナイアガラ・ツアーが19日から29日まで開催された。
「青空のように」は7月1日に発売された。

<一言コラム>谷ヤンとヨーロッパ・ツアー
(別ページにリンクします)


*註)『NIAGARA 45RPM VOX』(2017)のブックレットには、コロムビア時代のマスターテープや箱の写真も多数掲載されている。
「青空のように / コブラツイスト/ 青空のように(DJ盤用)/青空のように(空オケ)」のシートには、谷川の名前と昭和50年5月23日の日付の入った印を確認することが出来る。


はい、いかがでしたでしょうか。

今週は、ファースト・ナイアガラツアーと「青空のように」でした。

次は、"最終回"を予定しております。谷川氏が担当した77年後半の様子について、お送りしたいと思います。

それでは、本NOTEにて、またお目にかかりたいと思います。Bye Bye!

  2022.02.28
  霧の中のメモリーズ

連載一覧は、こちら
「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」(noteマガジン)


(これまでの回一覧)
はじめに <2021.10.25>
第1回 プロローグ(舞台袖の谷ヤン) <2021.11.15>
第2回 コロムビアレコード移籍 <2021.11.22>
第3回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング <2021.11.29>
第4回 『ゴー・ゴー・ナイアガラ』放送終了危機<2021.12.06>
第5回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング パート2 <2021.12.13>
第6回 ナイアガラのパッケージ・デザイン<2021.12.20>
第7回 ナイアガラのパッケージ・デザイン パート2 <2021.12.27>
第8回 『ナイアガラ・トライアングル』プロモーション <2022.01.03>
第9回 「ナイアガラ音頭」プロモーション <2022.01.10>
第10回 難産の『ゴー!ゴー!ナイアガラ』 <2022.01.17>
第11回 ついに『GO! GO! NIAGARA』発売 <2022.01.24>
第12回 『SUMIKO LIVE』 <2022.01.31>
第13回 ナイアガラ担当2年目の谷ヤン <2022.02.07>
第14回 『ナイアガラCMスペシャル』発表 <2022.02.14>
第15回 ガール・シンガー、シリア・ポール <2022.02.21>
第16回 ファースト・ナイアガラツアーと「青空のように」 <2022.02.28>
第17回 『最終回』(Coming Soon!)

【一言コラム】
豊川稲荷 <2021.11.29>
日本コロムビア本社 <2021.12.13>
niagara ✕ COLUMBIA バインダー<2021.12.27>
ABC会館ホール <2022.01.03>
日本コロムビア・グランド・スタジオ・ロビー <2022.01.10>
TBS "G"スタジオ  <2022.02.07>
谷ヤンとヨーロッパ・ツアー <2022.02.28>


お次は誰の番やら 君ももうすぐ虜
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