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「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」 第9回 「ナイアガラ音頭」シングルカット

「ナイアガラ音頭」をシングル・カットすることが決定された。大滝と谷川は、布谷文夫の金屏風ジャケットを製作し、プロモーションに力を入れた。

金屏風前での着物の怪人

3月に出た『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』では、「ナイアガラ音頭」が好評だった。PMP系列から頼んで、ニッポン放送で取り上げてもらったのが功を奏し、糸井五郎の目にもとまり、社内でもアルバムから2作目のシングルとして「ナイアガラ音頭」を切るとの話になった。シングル盤では、アルバムとは音を変えることとした。

谷川は、「ナイアガラ音頭」のジャケット作成に向けて、布谷文夫と大滝詠一、大滝のマネージャーを撮影に呼んだ。撮影場所は「幸せにさよなら」同様に、赤坂にある日本コロムビアのロビーである。

『ナイアガラ・トライアングル』のジャケット撮影時には、山下・伊藤の両人とも撮影されることを当日、知らなかった。

この反省を生かして、大滝と布谷の2人で事前に打ち合わせした上で、布谷文夫を着物姿にするというアイディアを出したのは大滝だ。

「だったら、シルクハットでいいじゃん」
大滝からの提案に谷川もアイディアを出した。単に着物姿なだけでは面白くない。洋と和のミックスという発想だ。

大滝から布谷に話をしたところ「やりましょうー。」という反応だったとのことで、谷川はデザイナーに当日、シルクハットや衣装を借りるように、発注した。

和洋セットにすることで布谷の着物姿がさらに活きる。「楽しくやろうぜぇ!」が、谷川と大滝二人の今回のテーマである。

大滝から谷川にジャケットの背景についても事前に相談があった。
「谷川さん、後ろに金屏風とか、なんかありませんかね?」
「なんかって、そりゃぁ、金屏風だろうさ。」
谷川は、軽く応えた。

撮影当日、ロビーには金屏風がおいてある。
「谷川さん、これどうしたの。」
大滝は、驚いた様子で谷川に質問した。

「俺が借りておいた。コロムビアでは、ヒット賞のパーティを年に1回開催するんだけど、おれは事業部長の可愛がりっこだったから、そのときに使っていたのを知っていたのさ。」
先週のうちに、コロムビア御用達のレンタル屋から借りておいた金屏風を前に、谷川が少し得意げにこたえた。

撮影がコロムビアのロビーであればスタジオ代もかからないで済む。

撮影が始まると、着物の布谷文夫がシルクハットをかぶり、扇子をもって次々とポーズを作った。谷川が「こっち向いて!」と合図をし、カメラマンが「それ!」、「笑わないで!」と声をかけながら、すばやく次々と写真をとる。

布谷は真面目な顔をしているが、革靴、シルクハットと着物のアンマッチ具合、ポーズをしているときの佇まいに、大滝も谷川も笑いっぱなしである。 

「前のやつがいいから、もう一回!」
谷川が言うと、周囲がゲラゲラ笑う中、布谷はさらに神妙な顔をして、左手を前に出したり、右手の扇子を上にしたり、山本リンダさながらの様々なポーズをとり、カメラマンがその様子を次々と撮影した。

こうして無事に撮影が終了し、金屏風を背に和洋折衷の着物の怪人布谷文夫を正面に据えたジャケットが完成した。


abc Recordsとのカップリング

谷川は、シングル盤「ナイアガラ音頭」のジャケットの文字のパターンについて『ナイアガラ・トライアングル』の時のパターンを踏襲した。さらにインパクトを持たせるため「ナイアガラ音頭」の文字は黄色とした。

また、「ナイアガラ音頭」を、ディスコサウンドの1つ”ONDO”として洋楽盤と一緒に売るという作戦も立てている。

コロムビアの洋楽部門が発売権を持ち、5thディメンションやB.J.トーマスなどを擁する「abc Records」と「niagara Records」のカップリングのプロモシングルを切り、販促グッズなども作って、一緒に営業してはどうかというものである。abcで今、一番売れているのは、やはりチャカ・カーンがボーカルのルーファスである。

洋楽部の担当とそんなアイディアを出したものを大滝も隣で聞いている。
「abcとナイアガラの合体、どう思う?」
谷川は、思いついたアイディアを大滝に確認した。
「いいんじゃないですか。」
大滝も軽く了承だ。

部長が了承してくれるなら、「ナイアガラ音頭」とルーファスの「ダンス・ウィズミー」の両面シングルを作ろうと洋楽担当とは話がまとまった。

「お前も付き合え。」
谷川は、大滝に声をかけ、洋楽部の部長のところに向かった。

「ルーファスとナイアガラをセットで売り出したいと思います。」
「いいんじゃないの、谷川君がやるんだったら。そのぐらい、いちいち俺に言わなくても、担当同士で決めれるだろう。」
谷川が洋楽部長に直談判したところ、部長からはあっけなく了解のサインが出た。

販売用に売り出すのであれば、しっかりと向こうのabcに相談して、版権の交渉に数か月単位で時間がかかるかもしれないが、今回は「サンプル盤」である。売るものではないということで、片面づつレーベルが違っても、海外の会社を大きく巻き込まず、すんなりと話が通りそうだ。

洋楽部のルーファス担当の営業もすぐに話をしにきてくれた。
「谷川さん、さっきの話、これね。」
彼は指で丸を作って見せてくれた。

「ナイアガラ音頭」の次は、大滝詠一のソロアルバムを制作する予定だが、レコーディングはまだ始まっていない。もうちょっと急がせないと、この調子では、7月25日と周知している発売には間に合わなくなるかもしれないなぁ、と谷川は考えはじめた。


「ナイアガラ音頭」プロモーション

「ナイアガラ音頭」のシングルは1976年6月1日に発売された。

このまま売れれば「ナイアガラ音頭」は大滝の代表作となるはずだ。これから盆踊りの季節を迎え、まだまだプロモーションが必要だ。布谷文夫は二足の草鞋をはいているので、土曜日のイベントには参加できる。どんどん売れるなら、もっとプロモーションを拡大しよう、谷川はそう考えた。

これまでもラジオ番組でもナイアガラの曲をかけてもらうよう、谷川の知り合いのラジオ番組をやっているパーソナリティや社員にもお願いをしている。

ニッポン放送、TBS、ラジオ関東など、やはり関東の放送局にお願いすることが多いが、毎日放送、ラジオ関西など、大阪方面でもラジオでかける拠点を作って宣伝してもらうようにお願いしてきた。

「谷川さん、またきたの?」
向こうから驚かれるぐらい、シツコく顔を見せて、PRすれば、かけてくれる回数も増える。

谷川には昼のラジオ番組関係者の知り合いも多いが、大滝のような洋楽っぽい音楽であれば、深夜番組でかけてもらう方がファンとなる若い人に効果的だ。しかし、深夜番組でかけるとなれば、単にシングル盤を事前に渡すだけでなく、やはりそのときに現場に立ち会わった方が印象がよいので、出来るだけ立ち会うように努めている。すると、また帰りが遅くなる。

なかなか睡眠時間は増えないが、踏ん張って乗り越えよう、と谷川は思った。

発売直後、新宿のレコード店コタニで行った「ナイアガラ音頭」の発表会には、多くの人が集まった。その日はあいにく朝から雨が降りしきっていた。

翌週は新宿でプロモ映像の撮影も行った。さらに翌週は、大滝がラジオ番組でファンの集まる「のど自慢大会」を企画したとのことだったので、コロムビア側もてんとう虫型のポータブルテーブルレコードプレーヤーを賞品として用意した。

4月の会議でのLP制作の状況報告があり、ナイアガラは1か月遅らせ、7月にすると報告した。本来であれば、ナイアガラ第2弾アルバムとして6月25日には大滝詠一のソロアルバムが出る予定だったが、制作が間に合っていない。

客へのお詫びを兼ねて、アルバム下北沢と荻窪のロフトでDJパーティを企画しているが、DJパーティをするなら、とことんこだわってほしい。しかし、まずはそれよりも新しい作品を制作してほしいというのが谷川の偽りざる願いだった。


<一言コラム>日本コロムビア・グランド・スタジオ・ロビー <2022.01.10>
(別ページにリンクします)



はい、いかがでしたでしょうか。

今週は「ナイアガラ音頭」シングルカットでした。

次は「難産の『ゴー!ゴー!ナイアガラ』」を予定しております。
移籍後初となるソロ・アルバムのレコーディングと発売延期などについて、ご紹介したいと思います。

それではまた、本NOTEにて。Bye Bye!

  2022.01.10
  霧の中のメモリーズ

「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」
はじめに <2021.10.25>
第1回 プロローグ(舞台袖の谷ヤン) <2021.11.15>
第2回 コロムビアレコード移籍 <2021.11.22>
第3回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング <2021.11.29>
第4回 『ゴー・ゴー・ナイアガラ』放送終了危機<2021.12.06>
第5回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング パート2 <2021.12.13>
第6回 ナイアガラのパッケージ・デザイン<2021.12.20>
第7回 ナイアガラのパッケージ・デザイン パート2 <2021.12.27>
第8回 『ナイアガラ・トライアングル』プロモーション <2022.01.03>
第9回 「ナイアガラ音頭」シングルカット <2022.01.10>
第10回 難産の『ゴー!ゴー!ナイアガラ』(Coming Soon!)

【一言コラム】
豊川稲荷 <2021.11.29>
日本コロムビア本社 <2021.12.13>
niagara ✕ COLUMBIA バインダー<2021.12.27>
ABC会館ホール <2022.01.03>
日本コロムビア・グランド・スタジオ・ロビー <2022.01.10>