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「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」 第8回 『ナイアガラ・トライアングル』発売記念コンサート

『ナイアガラ・トライアングル』発売記念コンサートが、1976年3月29日芝のABC会館ホールで行われた。谷川は、このお披露目コンサートを企画した。

コンサートの企画

「ワン・モア・タイム!」
大滝詠一が<ブルー・スエード・シューズ>を歌っている。エルヴィスが好きだという大滝の声が舞台袖の谷川まで届いてくる。

『ナイアガラ・トライアングル』発売記念コンサートも佳境に入ってきた。今日のコンサートは、最初の伊藤銀次の時に音調整のトラブルがあったが、その後は順調だ。舞台が思った通りに進行していくことは、谷川にとってまたとない喜びだ。

3月のコロムビア移籍発表、ニューアルバム発売にあわせて、「ナイアガラ・レーベル」のお披露目コンサートを、2月に建設されたばかりのABC会館のホールでやろうと決めたのは、谷川である。

大阪の朝日放送(ABC)が東京にホールを作ったのは、つい先月、出来たばかりのホールである。谷川は大阪から転勤してきた朝日放送東京支社長と旧知の仲で、彼が東京に派遣されることになったときに、ホールを是非見に来てほしいと連絡がきた。

「月1回はオーケーよ。谷ヤンだったら。」
朝日放送の東京進出にあたり、定期的に有名なアーティストを入れたコンサートを実施することでホールの知名度があがればよいと考えて、コロムビア(谷川)に月に1度ホールを貸してくれることとなった。

立ち見を除いて400名の定員なので、コンサート・ホールとしてはそれほど大きなハコではないが、一体感を持ったコンサートをするにはちょうど良いサイズで、ナイアガラのお披露目コンサートにはうってつけだ。

「ナイアガラ・トライアングルの発売記念コンサートを芝のABC会館でやるぞ。チケットは売らないで、マスコミと客、どちらもタダで入れる。もうホールには手配しておいたから、そこの照明代や音響代、小屋代はいらない。ナイアガラ事務所からの持ち出しはなし。コンサートで固定費がかからないのは、大きいだろう?その代わり、アーティストは全部タダ。出演料なし、宣伝なし。」
谷川は、今回のコンサートの企画を、ナイアガラのマネージャーに話した。

「谷川さん。宣伝なしだったら、人なんて集まりませんよ。」
マネージャーは、困惑したように谷川に聞き返した。会場使用料がかからなくても、宣伝費がかさむ。

「そこはお前たちで何とかしろ。お客は番組で集めればいいじゃん。ラジオ関東って、関東一円は結構聞こえているからね。リスナーに呼びかけたら、皆、うわぁーと来るだろう。」
ラジオ番組「ゴー・ゴー・ナイアガラ」は、コロムビアがスポンサーとして枠を買い取ったので、ラジオを活用した宣伝効果について、マネージャーも面と向かって否定しづらい。

「ABC会館のハコは400。そんなに大きくない。だから、客は350席しか集めたらダメだよ。残りの50席はマスコミと関係者に充てる。50はコロムビアの関係者にも座らせずに、外部のヤツに提供するから。」
谷川は、そういって笑みを泛べた。

「メンツの方は当然ながら、山下も、銀次も、全員出るんだよ。妙子、シュガー・ベイブも、美奈子、りりィ、斎藤ノブもみんな来る。全員だよ。」
谷川は、ステージ上のメンバーについても言及して、さらに話をつづけた。

マネージャーも移籍コンサートを成功させたいという思いで、宣伝やアーティストの調整を行い、今夜のステージは、ナイアガラに関係する大勢のアーティストが集まったものになっている。


舞台監督

コンサートでの演出にはコツがいる。
アーティストがどこでどのように動くのか、どこで赤色の照明を強めて際立たせて出入りにつなげるのかなど、細心の注意を払い、観に来る観客に満足してもらい、評論家方からも後から文句が出ないような、映画監督のようなふるまいが必要だ。

シャンソンでは特にそれが顕著だ。谷川は、昨年はシャンソンの大御所、深緑夏代のアルバムやコンサートを手掛けた。

大滝は曲制作には熱心だが、コンサートや演出にはそれほど力が入っていないと感じる。谷川がこれまで携わったコンサートでの演出や、技術論を大滝に説明したところ、「谷川さん、演出やってくださいよ。」と大滝から頼まれた。

「えー、俺、"ブタカン"までやらないといけないの?」
と言ってみるが、たっての依頼とあれば、演出自体が好きな谷川としても、受けることはやぶさかではない。そういう経緯を経て作り上げたのが今日の舞台である。

舞台監督は照明の当て方や絞り方を決めるが、今、この場面で正面から大滝に当たっているスポットライトの使い方1つをとっても、これまで見てきたライブよりもよいだろう。これで大滝のアーティストとしての魅力が2倍、3倍にも引き立つ。

舞台では、大滝がナイアガラ・トライアングルという形でのステージは「最初で最後になる」と挨拶をし、3人で「幸せにさよなら」の演奏を行った後、「これから大滝詠一、山下達郎、並びに伊藤銀次はそれぞれの道を歩む。」と話した。

この発言の後に行われた、アンコール曲「ナイアガラ音頭」のライブ演奏に当たり、邦楽部門では本日参加した、三味線・本條武、太鼓・美波駒輔、鉦・美波とし輔、お囃子・白瀬孝子・白瀬春恵が紹介された。

邦楽部の彼らが、NHKホールではないロック・ミュージシャンの舞台に上がっているというのも夢のような話だ。こうして邦楽と洋楽が混然一体となって演奏される様子は、コロムビアの邦楽部にミュージシャンを頼んだ谷川にとって、感慨深さも一入である。

今日のこの反応をみると「ナイアガラ音頭」をシングル・カットしても、売り上げは悪くなさそうだ、と谷川は感じた。

レコード発売の前後1週間前にライブで大々的に宣伝するのは業界の一般的な手法であり、新作アルバムをPRできれば、今回のコンサートは成功だ。日本コロムビアとしても、レコード制作だけでなく、コンサートでもここまでこだわってファンの拡大、売り上げのアップを支援する。これで大滝にも日本コロムビアの支援体制を強くメッセージできるんじゃないか、谷川は、そんなことを思った。

外は冬に戻ったような冷たい小雨が降りしきっているが、会場内は外の寒さをまるで感じさせない熱気だった。谷川は、アーティストと観客が一体となっている様子をみて、このコンサートを企画してよかったとつくづく感じた。

コンサート翌日には国鉄のストライキがあったが、コンサート後に家に帰れない人に対して、赤坂のナイアガラ事務所を開放した。そんなアットホームな面も含め、アーティストとファンが一体となったコンサートが終わり、谷川は大満足だった。

翌週の3月31日と、「幸せにさよなら」発売日でもある4月1日には、荻窪ロフトでシュガー・ベイブ解散コンサートが行われた。

ナイアガラ・トライアングルとして行われた3月29日のコンサートは、大滝詠一、伊藤銀次、山下達郎が一堂に会する最初で最後のコンサートとなった。


<一言コラム>ABC会館ホール <2022.01.03>
(別ページにリンクします)



はい、いかがでしたでしょうか。

今週は『ナイアガラ・トライアングル』発売記念コンサートでした。

次は「ナイアガラ音頭」プロモーションを予定しております。
『ナイアガラ・トライアングル』からシングルカットされた「ナイアガラ音頭」のジャケット撮影の様子などについて、ご紹介したいと思います。

それではまた、本NOTEにて。Bye Bye!

  2022.01.03
  霧の中のメモリーズ

「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」
はじめに <2021.10.25>
第1回 プロローグ(舞台袖の谷ヤン) <2021.11.15>
第2回 コロムビアレコード移籍 <2021.11.22>
第3回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング <2021.11.29>
第4回 『ゴー・ゴー・ナイアガラ』放送終了危機<2021.12.06>
第5回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング パート2 <2021.12.13>
第6回 ナイアガラのパッケージ・デザイン<2021.12.20>
第7回 ナイアガラのパッケージ・デザイン パート2 <2021.12.27>
第8回 『ナイアガラ・トライアングル』発売記念コンサート<2022.01.03>
第9回 「ナイアガラ音頭」プロモーション(Coming Soon!)

【一言コラム】
豊川稲荷 <2021.11.29>
日本コロムビア本社 <2021.12.13>
niagara ✕ COLUMBIA バインダー<2021.12.27>
ABC会館ホール <2022.1.3>