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「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」 第6回 ナイアガラのパッケージ・デザイン

アルバムのミキシング、カッティングと並行して、コロムビア社屋に大滝・山下・伊藤の3名が集まり、LP『ナイアガラ・トライアングル』とシングル「幸せにさよなら」のジャケット写真が撮影された。谷川はLPレコードのタスキ(帯)を4色刷りとすることを決めた。

トライアングル・イメージ

谷川が、朝一番で本社に出勤し、3階にあるデスクに腰掛けると、机には何枚もメモが置いてあった。

ざっと目を通したところ、どうやら昨日、デザイナーから何度も電話があったようだ。そういえば、大滝以外にも昨日のうちに一度連絡しておかなければいけなかった案件があった。 

今日は、ナイアガラ・レーベルの日本コロムビア移籍後、第1弾発売となる『ナイアガラ・トライアングル』の写真撮りをカメラマンに依頼して、大滝にも3人とも集合するよう指示を出しておいた。

LPジャケットの写真撮り、タスキ決め、4月1日に切るシングルのジャケット決めなど、早めに詰めて印刷に出せるよう段取りを整える必要がある。

『ナイアガラ・トライアングル』のアルバム表側のジャケットデザインは、すでに大滝がWORKSHOP MU!!の中山泰に頼んでいて、谷川のところに、そのジャケット案があがってきた。

白い煙のような水しぶきをあげるナイアガラ・フォールズの上空をアメリカン・エアラインのダグラスDC-3機が飛んでいる。米軍基地がある福生とレーベル名のナイアガラを彷彿させるデザインである。 

「このジャケットでどうですか?大滝さんとは調整済みです。」
中山が谷川に経緯を含めて報告する。

「うーん、趣味の世界だから、デザインはまず大滝がいいというものを採用したらいいよ。飛行機があろうが、何があろうがいいんじゃない。色合いとか、デザインのパターンとかについては、俺も言うからさ。」
谷川は、中山から提出された案を尊重して、表ジャケットの作成を進めることにした。 

谷川は、今回、アルバムを発売する上で大事なのは「ナイアガラ」や「トライアングル」というコンセプトだと思っている。

大滝からは、『ナイアガラ・トライアングル』という題名は、ジェームス・ダーレン、シェリー・フェブレー、ポール・ピーターセンによるオムニバス・アルバム『モア・ティーンエイジ・トライアングル』にヒントを得たという説明もあったたが、売れるためにはそんなマニアックなことは必要ない。

何が“ナイアガラ”なのか、何が“トライアングル”なのか、一般にも広く知らしめるデザインが必要だ。 

アル・クーパーの『スーパー・セッション』のような売れたものもあるが、セッション・アルバムという概念自体が日本では知られていない。「シュガー・ベイブのリーダー、山下達郎、バイ・バイ・セッション・バンドのリーダー、伊藤銀次、そして大滝詠一の3人のセッション・アルバム!」といっても、3人とも顔も名前も知られていないし、レーベルの認知度もまだほとんどないが、アーティストには光を当てていきたい。
谷川はメンバーの顔などを、歌詞カードや裏ジャケットで補っていこう、と考えた。


コロムビア・グランド・スタジオ・ロビーにて

昼頃になり、コロムビアのグランド・スタジオの1Fロビーにカメラマンのほか、大滝、伊藤、山下の3名が集まった。

「次は撮影だ」と、谷川から大滝に伝えていたが、大滝自身も失念していたのか、3人ともカメラマンがいることに戸惑った様子だ。今日が撮影の日だと知らなかったようで、普段着のセーターを着てきている。撮影はアーティストが誰かを知らしめるためなので、今日中に終わらせたいし、わざわざ着替えなくてもよいだろう。 

「トライアングルにしろよ、お前らぁ。もっとビジュアル的に売らなきゃいけないんだ。ただでさえ、TVに出たくないミュージシャンって思われているんだから。」

広いロビーの端で、椅子に座っている大滝たちに、谷川はシングル・ジャケットのコンセプトについて指示を出した。

「今回は"トライアングル"ということなので、みなさんに三角形になってもらって、そこを撮りましょう。」
谷川から事前にコンセプトを聞いているカメラマンが補足した。

3人の会話が途切れた。今日が撮影日だということ自体をまったく聞かされていなかった2人は、すこし強張った表情で、ロビーに立ちつくしている。

重苦しい雰囲気を破るように、伊藤銀次が声をかけた。

「じゃぁ、大滝さんとクマは上で組んで、僕が下をやりますか。寝ますから。そうだね、こんな感じでよいですか。」

床に寝っ転がることをいとわない伊藤銀次の発言で、撮影がはじまり、カメラマンは安堵の胸をなでおろした。 

撮影が終わり、ロビーの、灰皿が横に置いてあるソファーに3人が腰掛けながら、談笑しているところもカメラマンは撮った。これがアルバムの裏ジャケットの写真となった。

 

4色刷りのタスキ

LPジャケットは中山泰のものを採用することにして、アルバムのタスキとシングル「幸せにさよなら」のジャケットイメージは、谷川が担当することとなった。早速、タスキのデザインを決めるために、仲間のデザイナーを呼んで、打合せが始まる。

「ナイアガラの滝の写真を集めてきてよ。”ふんどし”もバックに写真を入れて、もっとはっきりとナイアガラを売り出そう。こういうのが面白いじゃない?」
「そうですね、その方が面白いですね。」

長年、一緒に仕事をして、気心の知れているデザイナーも谷川に同調する。

「ふんどしは4色にしちゃおう。文字は墨で後から乗せよう、白で裏があるような大胆な文字で。ドーン、ドーン!と“ナイアガラ・トライアングル”と置いちゃおうか。上には、ナイアガラのロゴマークをパッと目につくようにしよう。」

タスキに色を多く使うと費用があがるので、資材部のレコード管理担当には確実に嫌がられるだろうが、今回は力を入れたい。

「谷川さん、このタスキ、どうしても4色にする必要ありますか。」
疑問の声が上がった。案の定の反応である。
「最後に墨乗せとしているから、これからも使えるし、ナイアガラは今回からこれでいく。ナイアガラは期待だよ。10万枚も売れれば大丈夫でしょう。」

4色をバックにして、タスキの基本を印刷して使いまわすので、1色カウントとする。黒の墨を上の1色とカウントすれば2色だという、“壺算”顔負けの理論と強気の発言で、谷川は資材部を説得した。

DENON時代のマイケルズも10万を超えるヒットになった。今回のアルバムも流れに乗ればそのぐらいいくかもしれない。

「ナイアガラのロゴは目立つように黄色で入れようか。」
「コロムビアのマークは入れなくてもよいですか?」
デザイナーが尋ねる。

「ナイアガラのロゴだけだと、社内でなぜコロムビアの名前でやらないんだと言われるから、下に「発売元:コロムビア」と書く。色はナイアガラと同じ黄色でいこう。大滝はVOL1とか2とかつけたがるが、まず、『ナイアガラだ!』『あっ、大滝さんだ!』と思わせたい。これでイメージ分かるかな?大滝の写真は、ライナーにも挟もう。」

「分かりました。その方向でデザインしてみます。」

デザイナーとのやり取りがあらかた終わったあとに、大滝詠一にも今回のタスキのコンセプトについても連絡した。

「今回のアルバムのふんどし、ナイアガラの滝を入れて、4色とするからな。通常は1色か2色だろう。アメリカでも、ここまでやっているものはないだろう。」
「ありがとうございゃす。」
谷川、少し畏まった声で大滝は感謝の意を示した。

店頭で売れ行きを多くするためには、これまでの因襲を打破するような遊び心と冒険心、それに強い自負心をもって売っていこう、谷川は心に誓った。


「幸せにさよなら」ジャケット

後日、谷川はデザイナーとシングル「幸せにさよなら」のジャケットについて、再度打合せを行った。

まずは、大滝・山下・伊藤の3人がトライアングルになっている写真の中で出来の良いものを選択する。

「写真は笑顔のこれを使おう。そのまま使うと、会社のロビーって分かるから、ここは“抜き”でやってほしいんだ」

谷川は注文を伝えた。後ろに映っている壁など細かいところを1つづつ、全てカミソリで切り抜いてもらう“抜き”は、別料金となるが、アーティストに目が行きやすくなり、目立つ。

デザイナーからも提案がある。

「真ん中のところ、ここが空いているけど、どうしますか?ここにもう1つ写真入れたらどうでしょう。真ん中が空いているから三角形にして入れましょうか。」
「あぁ、嬉しいなぁ。そうしよう。」
谷川は、デザイナーの意見を採用した。ジャケットの中心に、大小の三角形が2重に配置され、トライアングルが際立つジャケットになりそうだ。

 同時並行でアルバムのライナーも仕上げ作業に入っている。

「アルバムやシングルの裏にも、左端に三角形でナイアガラ・トライアングルと文字を入れましょうか。」

「それもいいなぁ」

三角を使うと聞き手にトライアングルを強く印象付けられると、谷川は賛成した。

こうして、ワークショップMU!!のデザインによるアルバムとは少し毛色の違う、インパクトあるシングル・ジャケットのナイアガラ作品が登場した。


感謝感激雨霰

今回のアルバムの歌詞カードには、アーティストを身近に感じてもらおうと写真もたくさん載せている。大滝は、関わったものは全て「記録」するため、クレジットをとにかく載せたがる。

谷川は、アーティストとして、大滝自身を売ろうと思っているので、自分の名前が載って賞揚されたいとは思っていない。売り上げが第一。コロムビアの社員はあくまでも裏方だ。

「お前がメインでやっているんだから、コロムビアの人間なんて書く必要ないよ。もし載っけるのであれば、コロムビアのミキサーなり、プロデューサーなり、別枠で載っけるべきでしょう?」
「でも、谷さんの名前を載っけないとマズいでしょー。」
大滝も、クレジット掲載は、徹底してやりたいという性格で譲らない。

結局、最終ライナーには、「アルバム・プロデュースに関しましての感謝感激雨霰 TO」として、ナイアガラ・オフィス、テイクワン、PMP,ARS、Sleepy-eyed ツージー、G-H助川などと一緒に「谷川恰 (Columbia Records)」の名前が掲載された。


はい、いかがでしたでしょうか。

今週は「ナイアガラのパッケージ・デザイン」でした。

次は「ナイアガラのパッケージ・デザイン パート2」を予定しております。「幸せにさよなら」のシングル盤を入れたナイアガラ・オリジナル・スリーブなどについて、ご紹介したいと思います。

それではまた、本NOTEにて。Bye Bye!

2021.12.20
霧の中のメモリーズ

「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」
はじめに <2021.10.25>
第1回 プロローグ(舞台袖の谷ヤン) <2021.11.15>
第2回 コロムビアレコード移籍 <2021.11.22>
第3回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング <2021.11.29>
第4回 『ゴー・ゴー・ナイアガラ』放送終了危機<2021.12.06>
第5回 『ナイアガラ・トライアングル』レコーディング パート2 <2021.12.13>
第6回 ナイアガラのパッケージ・デザイン<2021.12.20>
第7回 ナイアガラのパッケージ・デザイン パート2 (Coming Soon!)

【一言コラム】
豊川稲荷 <2021.11.29>
日本コロムビア本社 <2021.12.13>