「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」第1回 プロローグ
舞台袖の谷ヤン
「アー・ユー・レディ?」
大滝詠一の声が増上寺山門近くのABC会館のホール全体に響き渡る。
冬に戻ったような冷たい小雨が降りしきる3月終わりの月曜日。会場には立ち見も出て、外の寒さをまるで感じさせない熱気に満ち溢れてる。
「ウェーイ」
観客の拍手と歓声がホール内に響く。大滝はエルヴィス・プレスリーを模した格好で、ギターを手にしながら、「ワン・ツー、ワン・ツー・スリー」と軽快にカウントを取り、曲に入った。
「ワン・フォー・ザ・マネー♪」
<ブルー・スエード・シューズ>。
大滝詠一は、ナイアガラ・トライアングル 発売記念コンサートの大滝パート1曲目をエルヴィスのカヴァー曲でスタートさせた。
大滝の声には魅力がある。俺はコイツを必ず売ってやる。
今年2月に誕生したばかりのホールでのナイアガラ・レーベルお披露目コンサートを企画した日本コロムビアのディレクター谷ヤンは、大滝詠一のステージを舞台袖から満足そうに見守った。
はい、いかがでしたでしょうか。
今週の「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」は「プロローグ(舞台袖の谷ヤン)」でした。
次は「コロムビアレコード移籍」を予定しております。
谷川氏が赤坂にある日本コロンビアの本社で大滝詠一と初顔合わせしたときの様子などについて、ご紹介したいと思います。それではまた、本NOTEにて。Bye Bye!
2021.11.15
霧の中のメモリーズ
「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」
はじめに <2021.10.25>
第1回 プロローグ(舞台袖の谷ヤン) <2021.11.15>
第2回 コロムビアレコード移籍 (Coming Soon!)
《経歴》
谷川恰氏 略歴
1941年(昭和16年)3月生まれ
1963年(昭和38年)北海道大学経済学部卒業、日本コロムビア入社
1968年(昭和43年)DENONレーベル創設、運営担当
1975年(昭和50年)(契約)から、1977年(昭和52年)の間、大滝詠一担当(LP『ナイアガラ・トライアングルvol.1』~LP『ナイアガラ・カレンダー』企画まで)
1983年(昭和58年)日本コロムビアを退社。アメリカに自分のレコード会社を作る夢を実現させるため、渡米。A.S.A.Pなどを手掛ける。
その後、VAPレコード統括管理部長などを歴任。